【汐留鉄道倶楽部】JR東日本が旧国鉄時代の1981年に登場し、特急「踊り子」などに使っていた電車185系の撮影会を参加費5万円で開催するなど、鉄道趣味にもインフレの波が押し寄せている。そんな流れに逆行し、1世紀前に登場したレトロ電車などが約400円で乗り放題という格安イベントが米国ニューヨーク地下鉄で9月に開かれた。

 「列車のパレード」と名付けたイベントは毎年開催されていたが、新型コロナウイルス流行中は中止されたため今年は3年ぶり。ニューヨーク交通博物館が保存する5種類ほどの形式の旧型電車を運用し、ブルックリン地区の高架駅のブライトンビーチ駅から4駅先まで1回当たり約20分かけて往復させた。

 原則2・75ドル(約400円)均一の地下鉄運賃を支払って駅構内に入れば、15分弱ごとにプラットホームを発車する旧型電車に何度でも乗れる大盤振る舞いだ。それだけに開催した2日間で延べ5千人超が集まり、私も首都ワシントンから高速バスで押しかけた。

 

 ブライトンビーチ駅のプラットホームに着くと、最古参となる1908年登場の茶色の電車が入線してきた。両端にオープンデッキを備えており、まるで客車のような外観だ。しかし、一部車両は床下にモーターを備えているため自走でき、機関車を連結しないで走る様子が面白い。

 この電車は、JR九州の観光列車「SL人吉」をけん引してきた今年11月18日で誕生100年の蒸気機関車(SL)「58654号機」より10年以上も“先輩”だ。この貴重な機会を逃したら二度と乗れない可能性が頭をもたげ、慌てて乗車の列に加わった。58654号機の2024年3月ごろの引退がその後公表されたことを踏まえると、「まずは乗る」というのは正しい判断だったようだ。

 ホームからオープンデッキに上がった後、中央の開いたスライド式扉の間から車内に入った。白熱灯が並ぶ天井の側面には洗剤やオレンジ味の飲料といった昔の広告が張られ、壁面や窓枠などに木材を多用している。ヤシ科の植物、ラタン(籐)を座面と背もたれに敷いたクロスシートは独特の硬さがあり、ずしりとした座り心地だ。

 車内には冷房はおろか、扇風機もない。外気を入れるために2段式窓の下段が開けられている。ただ、窓が開いた部分からカメラを出して他の旧型車両を撮影する人がいたため、係員が「窓の外に腕も、物も絶対に出さないでください」と声を張り上げた。

 動き出すと吊りかけ駆動方式を用いた旧型車両特有のうなるような重厚な音が響き、五臓六腑に染み渡るような旋律を奏でる。この電車に揺られるだけで1世紀前にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれるから不思議だ。

 

 通過する次の駅のホームではカメラを構えた愛好家が並んでいたが、十人余りで落ち着いた様子だ。もしも日本で同じような希少車両が走れば、駅などに黒山の人だかりができる「激パ」(「激しくパニック」の略)の状態になるのは間違いない。

 すると、反対方向へ向かう黄土色で塗装した電車が向かってきた。この電車は1世紀前の1914年デビューながら、現在の地下鉄車両にも通じる先駆的なデザインだ。

 先頭部中央に貫通扉を設けた車両は輸送力増強のために全長が約20メートルあり、JRの在来線電車と同じだ。客室に片側3カ所の乗降用扉があるためラッシュ時でも乗降しやすく、立っている乗客を含めると計182人が乗れる。車内の空調に配慮し、天井にウインドファンが並ぶ。

 茶色の電車で2往復した後、他の旧型電車に乗った。だが、イベント終了間際に茶色の電車が目の前に現れて「本日の最終運転だ」と聞いたため再び乗り込んだ。

 到着前の係員が「本日はみんな楽しんだかい?」と問いかけると、「もちろん!」といった声が出て拍手がわいた。茶色の電車だけで3往復した私ももちろんその1人だ。

 降り立ったホームにはイベントのポスターが張られ、スポンサーとして日本の大手メーカー、川崎重工業の赤いロゴが描かれていた。ニューヨーク地下鉄の新型車両「R211」を大量受注したお付き合いもあるのだろうが、きっぷがいいイベントへの貢献に感謝したい。

 ☆大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信ワシントン支局次長。今回のイベントに格安で参加できたため、高速バス運賃などを含めても1万5千円程度の出費で行き来できました。