名古屋刑務所の刑務官が2020年〜21年にかけ、受刑者3人に暴行や暴言を繰り返していたことが判明した。法務省によると、関わった刑務官は22人に上り、暴行は107件、暴言などの不適切な処遇は355件に及んだ。顔をたたく、アルコールスプレーを顔に噴射する、土下座をさせるなどしていたという。
法務省は現在、有識者による第三者委員会を設置し、原因の分析や再発防止に向けた議論を進めている。名古屋刑務所では約20年前の2001〜02年にも刑務官による暴行事件が起きた。この時は消防用ホースで大量の水を尻に浴びせられた受刑者や、腹部を革手錠のベルトで締め付けられた受刑者がそれぞれ死亡する衝撃的な事件だった。
なぜ名古屋刑務所で暴行事件が繰り返されたのか。元法務省矯正局長で、20年前の事件当時は事務方として不祥事の対応に当たった大橋哲氏(現・矯正協会理事長)に見解を聞いた。(共同通信=帯向琢磨)
―今回の事案を聞いて、どのように思いましたか。
「前回の不祥事の後、刑務所に『外部の目』を取り入れる行刑改革や、出所後の社会復帰を支援する再犯防止施策を進め、職員の意識や刑務所の在り方が変わってきました。さらに懲役と禁錮を廃止し、一本化して「拘禁刑」を創設する改正刑法も2022年に成立し、刑務所は懲らしめの場でなく改善更生の場だと、考えが変化する流れがあります。そうした中で今回の問題が起こったのは大変残念です。過去の不祥事の教訓が伝承されていなかったのではないでしょうか。刑務所はやはり懲らしめの場だという見方が広まってしまわないか心配です」
―どこに原因があったと考えますか。
「刑務所に限らず、閉鎖的な空間で力関係に強い・弱いがあると、暴行や虐待が起きる危険は常にあると思います。だからこそ、処遇には注意しなければいけないと肝に銘じていました。名古屋刑務所では高齢者や知的障害者の割合が増えており、刑務官の指示が分からなかったり、動作が鈍かったりする受刑者に、感情的に手を上げてしまったのではないでしょうか。不祥事防止のため研修をしていますが、新型コロナウイルスの影響でオンライン形式になり、効果が薄れていたのかもしれません」
―法務省は今回の事案は22人が個別に暴行していたと説明しています。
「刑務官は日頃から、受刑者の体調や処遇の留意点などの情報を共有しています。そうした横のつながりで、お互いの暴行を把握していた可能性はあると思います。他の人もやっているのでこのくらいは良いか、という心理になったのかもしれません」
―現時点では管理職の関与はなく、事前に認識もしていなかったとされています。
「今回は大規模で長期間だったわけですから、むしろなぜ把握できなかったのかが問題です。現場の不安や悩みを先輩や上司に言える雰囲気があったか。また、それを管理職がきちんとキャッチして適切に指導できていたのか。日々のコミュニケーションがしっかり取れていたのかというのも、有識者会議の議論の焦点になるでしょう」
―名古屋刑務所では2001〜02年に受刑者の暴行死事件が起き、それを契機に行刑改革会議が設置されました。
「私は会議に事務方として携わり、刑事施設視察委員会の創設や不服申し立て制度の整備を進めました。外部の目を入れて閉鎖性を和らげ、暴行や虐待を防ぐ仕組みを整えました。暴行事案はなかなかゼロにはなりませんが、発覚すればすぐに検証して処分する体制を取れたと思います」
―また名古屋で起きたのは偶然でしょうか。
「(犯罪を繰り返すなど)犯罪傾向が進んでいたり、高齢や障害などで処遇が難しかったりする受刑者は、東海地方だと名古屋刑務所に集まります。そういう受刑者は暴行の対象になりやすいという傾向はあると思います。ただ、かつての暴行死事件は刑務所の過剰収容という背景がありました。そこは今回とは異なります」
―刑務所側、職員側にはどういった原因が考えられますか。
「今回の直接の原因かどうかは分かりませんが、一つの傾向として、名古屋刑務所の刑務官には、地元志向が強い人が多くいます。外から幹部が入ってくることで、上と下で意思の疎通が不十分だったのかもしれません。研修や制度も大事ですが、結局は、現場と管理職との間を含め、日々のこまめなコミュニケーションが最も重要なのです」