それは珍しい光景だった。

 8月27日、メットライフドームで行われた対日本ハム戦。息詰まるシーソーゲームは最終回までもつれ込んだ。

 1点ビハインドの西武は一死満塁の好機に主砲・山川穂高が左越えに逆転サヨナラ安打。5連敗の泥沼から脱する劇的な展開に喜びが爆発した。しかし、ベンチ前で人目もはばからず泣いている男がいた。森友哉だ。

 その涙にはさまざまな思いが込められていた。

 当日だけを見れば主戦捕手である森は、先発メンバーから外されていた。

 代わってマスクをかぶったのはルーキーの柘植世那。この辻発彦監督の用兵がずばり的中する。6回にはプロ初本塁打も放って存在感を見せた。

 2点リードの7回から森が途中出場した。ところが、ここからゲームは暗転。8回にギャレットが日本ハム打線につかまり、再逆転を許す。打席でも8回の好機に三振。つまり、山川のサヨナラ打が出ていなければ森は敗戦の責を背負っているところだったのだ。

 シーズンという長い目で見ても、パ・リーグを連覇した覇者が下位に低迷している。

 過去2年は弱体投手陣を強力打線がカバーする構図だったが、今季は相変わらずの投手陣に加えて、打線も波に乗れない。

 捕手として投手をリードし、主力打者として破壊力十分な打線を牽引してきた森にとって、両方からの重圧を受けている格好だ。流した涙には、そうした意味があったに違いない。

 その輝かしい球歴は誰もが知るところだ。

 大阪桐蔭高では藤浪晋太郎(阪神)との黄金バッテリーで甲子園を春夏連覇。ドラフト1位で西武入団後もすぐさま頭角を現した。

 昨年は24歳の若さで首位打者とリーグMVPを獲得した。捕手の首位打者は野村克也(南海)古田敦也(ヤクルト)阿部慎之助(巨人)に次ぐ史上4人目の偉業だった。

 しかし、そんなメモリアルな年でも森の心の中には不完全燃焼の思いは残った。チーム防御率4.35はリーグワースト。捕手としてもっといいリードをして投手を助けられなかったか? それが宿題として残った。

 さらに今季からは選手会長の重責も加わる。選手たちの要望を球団に伝える。12球団にまたがる懸案事項を日本野球機構(NPB)と折衝するなど役割は多岐にわたる。

 チームとしては長年、リーダーとして引っ張ってきた秋山翔吾がメジャーリーグへ移籍。そこで主将に任命された源田壮亮とともに、ニューリーダーの役割を森に託したわけだ。

 「コロナ禍」の中で迎えた開幕。春先のオープン戦や練習試合では快調にトップを快走した西武だが、本番を迎えると歯車が狂い始める。

 弱体を指摘された投手陣では高橋光成、今井達也ら伸び盛りの若手にさらなる独り立ちを期待したが結果が出ない。

 それなら昨年並みの強力打線でカバーしたいところだが、秋山の抜けた穴は想像以上に大きかった。

 1番打者として起用した金子侑司、C・スパンジェンバーグ、鈴木将平、木村文紀らがいずれも結果を出せない。

 加えて不動の2番打者だった源田も不調に陥ってクリーンアップの前に塁上を賑わす形も作れない。

 森、山川、外崎修汰の破壊力も薄れていった。何とか自分のバットで苦境を打開しようという焦りと力みが、森のバットからも快音を奪っていった。

 打順も定位置の3番から5番や下位に回ることもあった。

 金髪に、先輩でもからかうやんちゃなキャラクターの持ち主だが、野球に関してはストイックな練習の虫。入団当初から人一倍の打撃センスを見込まれて野手転向を勧める声もあったが、捕手にこだわってきた。

 27日現在、打率2割6分1厘、5本塁打、20打点の打撃成績は納得のいくものではない。

 投手陣の不安定さも相変わらずで、森のリードについても「ワンパターンで工夫が足りない」という声が聞こえてくる。

 順調すぎるほどのプロ人生で初めて直面する苦しみは、主力選手だからこそ味わうものである。

 指揮官は「自分も同じような経験がある。こうした悔しさをバネにして次の成長につなげてほしい」と語る。

 結果がすべての世界。森の流した涙を、チーム全体でどう受け止めるのか。上位浮上への鍵がそこにある。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。