学生時代は身勝手で自己中心的だった青年が、精神的に大きく成長して大舞台に挑む。サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会の日本代表、J1名古屋グランパスの相馬勇紀(25)は、MF、FWでは数少ない国内組として26人のメンバーに入った。歴代のW杯日本代表で最も低い身長166センチの韋駄天。勝負どころで力を発揮する強さの原点は、挫折を味わい、泣きながら自分を磨いた大学での経験にある。大学時代、同じサッカー部の同期としてプレーし、4年時は学生寮で同部屋だった筆者が見た相馬の素顔とは。(共同通信=小笠原学)

 ▽へし折られた自信

 高校時代は名門の三菱養和ユースで日本クラブユース選手権に優勝し、東京代表として2013年の国民体育大会で少年男子を制した経験もある。「無敵だと思っていた」と、自信に満ちあふれて推薦で進学した早稲田大のサッカー部(ア式蹴球部)でいきなり鼻っ柱をへし折られた。チームに献身する姿勢などを重要視する「入部条件」を満たせず「練習生」扱いの期間が続いたのだ。
 一般入試の同期生らとともに雑用に追われた。午前6時半に始まる朝練習の前に、グラウンド周辺の落ち葉を竹ぼうきでかき集め、ポリ袋に詰める。練習の合間を縫って飲料水ボトルを補充。練習後には水でぬらしたスポンジを手に、日が暮れるまでボールを磨いた。ようやく入部が認められたのは、関東大学リーグ開幕後の5月だった。

 ▽未熟さ痛感

 全国各地から集った精鋭の中、圧倒的なスピードを武器に1年時から公式戦に出場した。2年時には主力に定着。それでも当時の古賀聡監督(現名古屋グランパスU−18監督)は特別扱いしない。「ストレスとプレッシャーは最高の栄養」と、厳しく指導した。
 3年時の試合で審判員の判定を不服として異議を唱え、イエローカードをもらう場面があった。翌日の練習後、部員全員でのミーティングで古賀監督から名指しで叱責された。「次、同じことをしたらチームから外す」。相馬は「さすがに変わらないと。その場の感情だけに流されちゃいけない」と未熟さを痛感した。

 ▽同期の批判に涙

 同級生にも容赦なくしかられた。自分の要求通りのパスが来ないと激高し、ふてくされることがたびたびあった。協調性に欠ける姿勢は毎週開かれた同学年だけのミーティングでやり玉に挙がる。「わがまま過ぎる。いつまで周りに文句を言っているつもりなのか」。厳しく問い詰められ、人前で何度も涙を流した。「自分、自分ではなく、まずは人の意見を聞き入れよう」。徐々に思考が変化していった。

 私にも印象深い出来事があった。ある試合で激しいタックルを受けた相馬が相手選手に突っかかって両チームが乱闘になりかけ、一時騒然となった。試合には勝ったが、明らかにふてくされていた。チームの規律を正す役割を担っていた私は「もし退場にでもなったら、どれだけチームに迷惑をかけるのか考えたのか。あり得ない」と、試合後に監督とスタッフ、選手が集まったミーティングで非難した。その後、LINE(ライン)で「言ってくれてありがとう。しっかり考えて行動する」と連絡をもらった。プロ入り後、相馬から当時のことを「感謝している」と伝えられた。
 古賀監督が成長を感じたと振り返った試合は3年時の2部リーグ最終戦。勝てば優勝と1部昇格が決まる一戦だった。2―2の後半、相馬のドリブル突破でPKを獲得。最初は4年生にキッカーを譲るつもりだったが「1部の舞台でプレーする未来を自分で決めよう」と自ら蹴って昇格に導いた。大黒柱の自覚が芽生えた瞬間でもあった。

 ▽周囲に生かされる

 3年時の2018年3月に行われたデンソー・カップ大学日韓定期戦も大きな転機だった。全日本大学選抜の一員として順天堂大の旗手怜央(現セルティック=スコットランド)らとプレーし、優秀選手に選ばれた。「周りが自分を生かしてくれた」と、自身と向き合う大切さを再認識した。
 4年時は学生寮で同部屋になった。相馬は毎朝7時に起床し、約20分間、ヨガで関節の可動域を広げるストレッチをするのがルーティン。2人部屋に最新の治療器具をそろえ、就寝前には入念に体をケアした。食事面にも気を配り、夕食の献立を事前に確認し、栄養素が足りないと思えば近くのスーパーで総菜を買って補っていた。愚直に努力を続け、次第に周囲の信頼を勝ち取っていった。

 ▽「やばいよ。選ばれちゃったよ」

 4年時は向かうところ敵なし。GK小島亨介(現アルビレックス新潟)が「取りあえず相馬にボールを渡せば1人で打開してくれる」と言うほど飛び抜けた存在となった。夏には在学したまま特別指定選手として名古屋でプレーし、デビュー戦でいきなりアシストをマークした。

 大学卒業後、本格的にプロ生活が始まっても姿勢は変わらなかった。試合に出られなくても愚痴を言わず、不満が態度に表れることもなかった。「周りにいくら文句を言っても試合に出られるわけではない」と、相馬は自分のやるべきことに集中した。「大学で自分と向き合うことを学んだことがプロでも生きている」としみじみと語る。

 昨夏の東京五輪で存在感を発揮し、今年7月の東アジアE―1選手権では3得点でMVPに輝くなど、猛アピールしてつかんだW杯代表の座。選出された後、大学の同級生のグループLINEは祝福の言葉であふれ返った。私にも相馬から着信があった。「やばいよ。選ばれちゃったよ。まだ信じられないんだけど」。幼少期から憧れた晴れ舞台。ここぞという大一番にはめっぽう強い男。17日の本大会前最後の国際親善試合では先制点を挙げ、戦える実力を示した。現地のカタールからスポーツの奥深さを伝える記者として、また、もがき苦しんだ時期を知る仲間の一人として、世界が熱狂するサッカーの祭典で躍動する相馬の雄姿を見たい。