2017年に成立した国連核兵器禁止条約の発効に必要な50カ国までに、あと3カ国(10月12日時点)となり、いよいよ秒読み態勢に入った。核保有国やその同盟国の多くは後ろ向きだ。そんな中、10月1日に成立したベルギーの新政府が前向きな姿勢を表明した。北大西洋条約機構(NATO)加盟国として、アメリカやフランス、英国など核保有国に忖度せざるをえない立場にある国では初めて。その効果は、そして、ベルギー新政府はなぜこんな表明ができたのだろう。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

 ▽画期的な第一歩

 10月1日、条約を牽引してきた立役者である非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)は、その公式ホームページで、ベルギー新政府が国連核兵器禁止条約に前向きな姿勢を示したことを歓迎のトーンで伝えた。

 核保有国はもちろんのこと、いわゆる核保有国の「核の傘」に守られていると認識する国々は、条約に署名も批准もできずにいるからだ。ベルギーは、米国と欧州諸国が加盟する軍事同盟NATO加盟国の一つで首都ブリュッセルにその本部を擁する。そればかりか、ベルギーには、ドイツ、オランダと並んで、米国の核弾頭が置かれているという(NUKEMAPより)。日本同様、米国の核の傘に守られていると認識するNATO加盟国は、これまで、米国に忖度して核兵器禁止に賛同を明言することは控えていた。そんな国の一つであるベルギーが、条約に前向きな姿勢を宣言したことは画期的な第一歩とみなされたのだ。

 ICANは同条約を成立させたことで2017年ノーベル平和賞を受賞した。核兵器禁止・廃絶を目指すNGOの国際的な連合体で、スイスのジュネーブに事務局を置き、100カ国以上から約500の団体が加盟する。そもそもは、07年にオーストラリアで核戦争防止国際医師会議がスタートし、10年代に入り、核兵器の非人道性に関する声明が出だした頃から弾みがついた。こうして、国連核兵器禁止条約は、17年の七夕の日に成立。広島出身の被爆者サーロー節子さん(現在88歳)が行った歓び、悲しみ、怒りの入り混じったスピーチは、投票日に欠席した日本代表の席に無言で置かれていた一羽の折り鶴とともに、世界の人々に強烈な印象を残した。

 ▽若く多様な政府成立にいたる議論の中で

 有史以来多くの移民や外国人の流入で出来上がったようなベルギーでは、公用語も蘭・仏・独語と3つある。蘭語を話す北部ゲルマン系民族と仏語を話す南部ラテン系民族が政府に求めることは大きく食い違い、支持政党はまとまるはずもない。複数政党による連立政権の樹立に手間取り、喧喧諤々(けんけんがくがく)の議論が何カ月も続けられるのはいつものことだ。今回は、18年に政権が崩壊して以来、19年5月末の総選挙を経てから650日余を費やした。ようやく9月30日に合意書ができあがった。そこに件の「核兵器禁止条約への前向き姿勢」が明記されていたのだ。

 新しい7党連立政府は多様性を絵にかいたような顔ぶれが話題となった。20人の閣僚は男女半々。トランスジェンダー女性、イラク難民二世、名前や外見から北アフリカ系とわかる大臣もいる。そして、何よりも若い。44歳のデゥクロ―首相を筆頭に、30〜40代あわせて17人、平均年齢は44・05歳だ(成立時点)。

 85ページにも及んだ合意書の中には、こう書かれていた。

 「ベルギーは、NATO内での責任と義務を果たしながら、国際レベルでは、非核化・核不拡散に積極的に取り組む。ベルギーは2021年の核不拡散条約の見直し会議でリーダーシップを取り、NATO加盟の欧州諸国と共に、核不拡散の多国籍枠組みを強め、国連核兵器禁止条約がどうしたら核兵器禁止の多国籍枠組みに新らしい弾みを与えられるかを模索する」

 今回の合意までに、最後まで激しく議論されたのは、最低年金額と資産税引き上げについてだったと国内メディアは伝えた。しかし、実はこの核兵器禁止条約に対する姿勢についても、交渉終盤で最も激しく議論されたと複数の関係者は語っている。

 ▽市民を代表する政党

 「核兵器禁止条約にこれほど中立的で前向きな姿勢をはっきり示したのは、ベルギーにしても、他のNATO加盟国にしても、全く初めて。これは、米国、英国、フランスなどの核保有国や、ベルギーを含めたNATO加盟国の態度と、はっきりと一線を画したものです。もちろん、これまでのベルギー外務省の態度とも。ベルギーの市民社会と政党の結束の勝利と言えるでしょう」。アントワープ大学で政治学を教えるトム・ザウアー教授はこう話す。

 前政権は、ベルギー市民の70%近くがこの条約に参加することを支持しているにも関わらず、米国側につくことを選んでこの条約の話し合いすらボイコットした。今回連立に加わった緑の党や社会民主党は、市民社会の声を重視して核兵器禁止条約への参加を強く求めた。経済優先が明確な自由党や武器メーカーの利権にしがみつく社会党などは、従来通りの態度を踏襲することに固執して及び腰だったが、彼らの支持層ですら65%が同条約批准を求めている事実を無視するわけにはいかなかったのだとザウアー教授は説明してくれた。

 男女均衡にしても、LGBTや移民などの少数派擁護にしても、そして核兵器禁止にしても、市民社会の声を代表してとことんまで議論する政党政治の原型を、このちっぽけな国は長い議論の中で愚直なまでに実行しようとしているように見える。

 ベルギー新政府の宣言を受けて、ICANはこうコメントしている。「核兵器に執着する国々、そして、いわゆる『核の傘』の下にいる国々にとっても、軌道修正して核兵器禁止条約に加わろうというプレッシャーが高まり続けるでしょう。市民社会、財界、議会および地域政府などの繋がりがより大きく強くなるにつれて」

 NATOの頑強な壁の石の一つが、ほんの1ミリだけ動いたかもしれない。ベルギーが残り3カ国の一つになれそうかとザウアー教授に尋ねると「悲観的ながら、核の傘の下にいるちっぽけなベルギーが、勇気を出してこう宣言したインパクトは計り知れないだろう」と語った。サーロー節子さんの柔和で毅然とした笑顔が再び輝く日は近そうだ。