米ファイザー社は独ビオンテック社と共同開発した新型コロナウイルス感染症ワクチンについて、11月3週をめどに米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可を申請する予定を明らかにした。その後、FDAおよび、第三者外部専門委員会によるデータ審査を経て、可否が決まる。トランプ大統領が「大統領選までにワクチンができる可能性」を繰り返し示唆し、政権の圧力で「早期承認ありきの審査」が行われるのではないかとの懸念があったが、FDAもファイザー社も「有効性と安全性の厳格な審査に妥協はない」と強調している。緊急使用許可が下りた場合、医療関係者など初動要員が主な接種対象となる。承認が下り次第ワクチンを配布できるよう、各州は11月1日までにワクチン配布センターを設置するよう求められている。だが、ワクチンの取り扱い方法など不確定要素が多く、各州とも頭を痛めている。(テキサス在住ジャーナリスト=片瀬ケイ)

 ▽「科学のスピード」で走るワクチン開発

 新型コロナウイルスの感染制御に苦戦する米国政府は、「ワープ・スピード作戦」と称して、今春からワクチン開発、製造を強力に後押ししてきた。これまで、ワクチン開発は最短でも4年かかっていた。これを1年程度で実用化しようという試みに「安全なワクチンなのか」と疑心暗鬼になる市民は少なくない。さらにトランプ大統領が、「大統領選挙までにワクチンを使えるよう急ぐ」考えを示してきたため、ワクチン承認が政治的判断で行われるのではないかとの疑念も広がっていた。

 疑念を払しょくすべく、FDAは10月6日、緊急使用許可であっても「ワクチン接種後の安全性および効果について、治験で少なくとも2カ月の経過をモニターする」とのガイドラインを設定した。米国ではその時点で4つのワクチンについて治験が実施されていた。FDAの条件では10月中に緊急使用許可申請を出せるものはない。

 16日、順調に大規模な第3相臨床試験(治験)を進めてきたファイザー社のアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)は、我々は「科学のスピードで走っている」とした上で、実施中の治験で「良好なデータが得られ、11月第3週に主要な安全基準が満たされた後、直ちに米国で緊急使用許可を申請する」方針を公開書簡で発表した。これが米国内で緊急使用許可を申請する新型コロナワクチンの第1号となる見通しだ。

 同社は米国での最終段階の治験として、7月末から3万人規模のランダム化比較試験を開始した。これまでに深刻な副反応が見られなかったことから、最近では18歳以上だった試験対象者年齢を12歳以上に引き下げ、また症状が安定しているHIV、C型肝炎、B型肝炎患者も対象者に含めることとし、治験規模を4万4千人に拡大している。

 10月末には同社のワクチンの有効性が明らかになる見通しだった。しかし安全性についてはFDAが接種から最低2カ月の経過モニターを求めたため、安全性の判断に必要な件数のデータを得て申請準備を終えられるのが、11月第3週の予定だという。ファイザー社側でも、独立した立場の研究者らによる委員会が治験データをチェックし、申請後もFDAおよびFDAの第三者専門委員による厳格な審査を受けることになる。

 ▽治験、筆者も参加してみた

 ファイザー社は日本政府ともワクチン供給で合意しており、20日には日本でも160人を対象とする治験を開始したと発表した。一方、全米150以上の医療機関で実施されている治験は、できるだけ多様な年齢層、人種を対象に有効性や安全性を確認するための大規模な治験だ。テキサス州ダラス市でもファイザー社の治験が実施されていたので、筆者も参加してみた。

 ランダム化比較試験なので、参加者の半数がワクチン候補の注射を受けるが、残り半数はプラセボの生理的食塩水を注射される。ただし治験担当者も、参加者も誰がどちらの注射を受けているかは、わからない仕組みになっている。新型コロナがまん延している地域で生活していれば、治験参加者の中からも感染してしまう人がでてくる。このデータを分析し、ワクチン候補の注射を受けたグループが、プラセボの注射グループよりり患率が低ければ、ワクチン候補は有効だということになる。

 筆者は8月末に1回目の接種を受け、21日後に2回目の接種を受けた。1回目は、翌日に注射を受けた腕が多少痛んだ以外、何の不調も感じなかった。2回目も最初と同じ内容の注射を受けるのだが、翌日は熱こそ出なかったが、頭痛と悪寒、体中の関節の痛みに見舞われた。ただしこれらの症状は、「注射による副反応の可能性」として事前に説明を受けていた範囲だった。このほかに発熱や疲労感など、新型コロナ感染症の軽い症状のような副反応を経験する人もいるようだが、いずれも1日から2日の一過性のもの。筆者の場合も、数日続いた腕の痛みを除き、症状は1日でおさまった。

 治験参加者は、こうした副反応や体調変化についても2年にわたり定期的に報告するので、その結果が安全性と副反応の種類や程度を特定するデータとなるのだろう。また2回目接種の1カ月後から2年後まで定期的に採血し、免疫応答についても詳しいデータを取ることになっている。

 公開書簡の中でブーラCEOは、一般の人が使うワクチンには、有効性、安全性、安定した供給体制が不可欠とした。そしてワクチンの信頼性を高めるために治験結果を公開し、透明性を担保していく考えを示した。

 ▽CDC、各州にワクチン配布センター準備を要求

 ファイザー社のワクチンはmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンと呼ばれるものだ。米モデルナ社と米国立衛生研究所(NIH)も、別のmRNAワクチンを開発しており、やはり大規模治験を実施中だ。11月にはこちらも暫定的な治験結果が出る見通しで、年内に緊急使用許可の申請にたどりつく可能性がある。

 一方、英アストラゼネカ社とオックスフォード大学が開発したウイルスベクター・ワクチンの大規模治験も、そして米ヤンセンファーマ社の同種のものの治験も米国で始まっていた。しかし両者とも深刻な副反応の可能性が疑われる事象が報告され、10月20日現在、米国では治験を一時中断している(アストラゼネカ社のワクチン治験は、英国、日本、ブラジル、インドなどでは再開)。

 このほか米ノババックス社も異なるタイプのワクチンの最終大規模治験を9月に英国で開始し、近いうちに米国でも始める予定だ。これ以外にも、世界中でさまざまな新型コロナワクチンの開発が行われている。

 どのワクチンがいつ承認されるのかは治験結果次第。わかっていることは、実際に承認が下りたら、できる限り早く、できる限り多くの人が接種できる体制が求められることだ。接種キャンペーンの中心となる米疾病対策センター(CDC)はすでに、各州に対し、11月1日までにワクチン配布センターを準備するよう求めている。

 しかし同じmRNAワクチンでも、ファイザー社のワクチンはマイナス70度での、モデルナ社のものはマイナス20度での凍結保存が必要といったように、取り扱いが異なる。一方、治験が一時中断されているアストラゼネカ社やヤンセンファーマ社のワクチンは冷蔵保存が可能だと言われている。筆者の住むテキサス州ダラスでは、消防署に設置した医療用冷凍保管庫や冷蔵庫の活用も考えると、地元ニュースが伝えていた。

 CDCによる試算では、こうした複雑なワクチン配布を全米で展開するのに、60億ドル(約6300憶円)かかるとされる。連邦議会はまだ支出を承認していない。どのワクチンがいつ、どれだけ配布され、その財源がどこからくるのかもわからない。さらにトランプ政権下で行われるワクチン開発と審査は信用できないとので、ワクチンを打たないと主張する人々が多いことも大きな課題になる。国民が政治に翻弄される中、各州は手探りの準備を強いられている。