強権的な政治手法で「フィリピンのトランプ」といわれるドゥテルテ大統領は6月1日、新型コロナウイルス対策として実施してきた外出・移動制限措置の緩和に踏み切った。命令違反には「射殺も辞さない」という姿勢を示したにもかかわらず、累計感染者数は6月末で日本の2倍近い3万7514人となり増加が続く。それでも経済活動再開に軸足を移さざるを得なかったのは、貧困層が多く、財源に余力がないため経済対策にも限界があるからだ。ただ、観光で有名なセブ島の中心、セブ市は厳格な外出・移動制限に逆戻り。感染対策と経済成長の両立で揺れるフィリピンの現状を報告する。(NNAフィリピン版編集長=竹内悠)

 ▽逮捕者6万人以上

 外出・移動制限はドタバタで始まった。ドゥテルテ大統領は3月12日、新型コロナの国内感染が急激に広がっているとして首都マニラへの出入りを15日から1カ月間禁止すると表明。その後、マニラがあるルソン島全域に対象を拡大、制限措置も厳格化した。

 ルソン島には、フィリピンの総人口約1億1000万人の過半数が住む。住民は生活必需品の購入など以外は自宅待機が命じられ、都市高速鉄道やタクシーなど全ての公共交通機関が運行を停止した。企業の従業員は基本的に在宅勤務。人の移動は陸路、海路、空路の全てで制限された。政府は外国人へのビザ(査証)の発給を停止し、入国も拒否した。

 感染は、海外から帰国する出稼ぎ労働者が急増した影響で拡大した。フィリピンは、日本や中東など海外就労者が1000万人を超え、仕送りは国内総生産(GDP)の約1割を占める。失業などによる帰国は後を絶たず、年内に50万人に上るとの試算もある。

 大統領は4月1日夜「命令違反者については軍や警察による逮捕や射殺も辞さない」と警告。自宅待機を繰り返し呼び掛けたが、違反者は後を絶たなかった。

 この日、マニラでは生活支援を訴える集会が開かれ、外出・移動制限で仕事や収入を失った数百人が参加した。集会は禁止されており、警察は逃げ惑う参加者を引きずり回し、地面に抑え込むなどして鎮圧。フィリピン国家警察によると、ルソン島全域で外出・移動制限が始まって以降、これまでの違反者は20万人を超え、逮捕者は6万人以上に上る。

 ▽「ウォール街」がゴーストタウン化

 日系企業が多く集まるマカティ市。マニラに隣接し、地元財閥企業の本社や高層のオフィスビルが立ち並び「フィリピンのウォール街」と呼ばれる。外出・移動制限により街の様子は一変した。スーパーマーケットやコンビニエンスストアは午後5時で閉まり、通行人がいなくなった。ゴーストタウンと化し、治安も悪化した。路上生活者が日銭を稼ぐ手段が減ったことで事件が増えた。

 4月初旬には、マカティ市の日本人街「リトルトーキョー(小東京)」近くで、中年の日本人男性がフィリピン人と思われる4人組みにナイフを突きつけられ、現金7000ペソ(約1万5000円)を盗まれた。夜になると、サイレンの音が頻繁に響くようになり、スラム街に住んでいる感覚すら覚えた。

 ▽国民からは一定の評価

 大統領は矢継ぎ早に対策を打ち出した。新型コロナウイルス対策法を成立させ、国家非常事態を宣言。3カ月にわたって大統領に権限を集中し、未消化分の予算を再編成して感染対策に割り当てられるようにした。約1800万人の低所得層を対象に現金給付も実施した。

 フィリピンの世論調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーションズが6月初めに発表した調査では、厳格な外出・移動制限が新型コロナの感染抑制に「効果がある」と回答した人は84%に達した。マニラに住むある会社員は「大統領の新型コロナ対策はおおむね支持できる」と話すなど、国民から一定の評価を得ているようだ。感染対策が後手に回り支持率が急落している安倍晋三首相とは対照的だ。ただ現金給付も1世帯当たり、日本円で月に約1万1000円から1万7000円。フィリピンの物価が日本の3分の1程度とはいえ「1週間分の生活費にしかならない」といった声も上がる。

 ▽脆弱な医療体制

 「感染者は増えているが、人口に対して致死率は高くない。コントロールできている」。大統領は6月1日から全国的に制限措置を緩和に踏み切ると表明した。この演説をした5月28日の新規感染者数が539人と過去最高を記録し、感染者が増え続ける中での決断だった。

 背景には無理をしてでも経済活動を再開しなければならない必要性があった。かつて「アジアの病人」とまで言われたフィリピン経済。安い労働力や税制優遇措置をアピールして外資企業の誘致に成功し、急速な経済成長を実現したものの、1人当たりのGDPは日本の10分の1以下。政府の財源に余力はなく、国際機関からの借り入れや国債発行で資金を捻出している状況だ。

 緩和はしたが、にぎやかだったコロナ前の「日常」にはほど遠い。マカティ市のオフィス街の目抜き通りにはマスク姿の会社員の姿が少しずつ戻り始め、商業施設も営業を一部再開した。しかしショッピングモールで営業しているテナントは半分程度。飲食店で店内の飲食が認められたのは客席数の30%まで。テークアウトが中心で閑散としている。

 一方、セブ市は感染者が急増、政府は6月中旬に住民に完全自宅待機を命じる最も厳しい措置に戻した。大統領はセブ市の感染対策担当に、元国軍参謀総長のシマツ環境天然資源相を任命した。

 セブ市に限らず、脆弱(ぜいじゃく)な医療体制のため検査が追い付いていない。医療従事者の感染率も一時は全体の2割弱となり他国に比べて高い。東南アジアで最も早く感染防止策を実施したにもかかわらず、封じ込めに成功しているとはいえない。

 大統領は6月22日の演説で「一部(セブ市)の国民が政府の指示に従っていない。経済活動を再開したら今度は文句が出る」と複雑な感情をにじませた。

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