テレワークには在宅勤務のほか、地方などに「サテライトオフィス」を開設する形もある。通信設備を整え、本社と同様の仕事ができるようにする仕組みだ。在宅では身が入らないという社員もいる。その場合、サテライトオフィスは有力な選択肢だ。積極的に取り組む会社の一つ、システム開発のダンクソフト(東京)を取材した。

 ▽徳島で子育てしながら働きたい

 プログラマーの竹内祐介さん(40)は徳島市のサテライトオフィスで働く。オフィスはマンションの建物の上層階にあった。

 中に入るとモニターがあり東京本社の中が映っていた。一日中この状態で、本社側では逆に徳島オフィスの様子が見られる。「これを初めて見る方は監視されているみたいで窮屈じゃない?と言われますが、一切そんな感覚はなく、むしろこれを付けていないと寂しくなります」。現在、ここで働くのは竹内さん1人だが、ネットで各地のオフィスがバーチャルにつながれ一体感が生まれる。地方に在住しながら東京オフィスと同様の働き方ができる工夫の一つといえる。

 竹内さんは徳島市出身。東京の大学に行った後、地元IT企業にUターン就職した。しかし同社の経営方針が変わった影響で10年目にして突然の東京転勤を命じられた。それが子どもが生まれるタイミングと重なった。

 「もうずっと一生東京ということでした」。東京のこともよく分かっている竹内さんは「満員電車にベビーカーを乗せるのかと考えたときに、やっぱり徳島の方がいいなと思いました。困った時は親に頼れるし、子どもの顔を親にも見せられる」。思い切って退社。しかし、地元の転職先を探すと、びっくりするくらい仕事がなかった。

 「精神的に苦しくなりました」。そんなときに徳島県内でサテライトオフィスの実証実験をしていたダンクソフトに出合った。「離れていても一緒に働けるということに感銘を受けました。社長に面接をしてもらい『徳島にいたままで働きたい』とお願いしました」。同社は竹内さんを入社させ、市内にオフィスをつくった。

 竹内さんは開発チームのマネジャーで顧客システムや汎用ウェブサービスの開発に当たる。一方でプライベートな生活も充実している。妻もフリーランスのITエンジニア。小さな2人の子どもを協力して育てている。

 「今は子育てが本当に楽しい。僕が保育園の送り迎えに行くことも多い。残業も少なめなので、子どもと夕食を食べて、お風呂に入れてというのもできます。妻も働いているので、子どもが熱を出したときは僕が仕事を抜けたり。夫婦双方がある程度柔軟な働き方をしていれば、共働きでも子育てはできます」。

 テレワークのメリットを聞くと「やりたい仕事を、住みたい場所で、可能な時間に行える。いずれかの要素を妥協したり、諦めたりしなくて済む」と語った。

 優秀なエンジニアでもいろいろな理由で地元を離れられない、離れたくないという人もいる。テレワークを活用すればそうした人材の活躍機会も広がる。「将来、すべての会社がサテライトオフィスを持っているみたいになればよい。これからテレワークは加速していくと思います」

 ▽働くことで自信ついた

 障害者雇用の現場でもテレワーク活用が進む。調剤薬局大手クオールホールディングスの特例子会社で、データ入力やホームページ制作などを手掛けるクオールアシスト(東京)は、移動困難な重度障害者ら40人以上を、在宅勤務の社員として雇う。

 青木英社長は「ICTが進化した。10〜20年前とは違い、重い障害があっても自宅で働けるようになった」と説明する。在宅勤務の社員は現在、北海道から宮崎県まで広がっている。

 三重県四日市市の田辺千晴さん(21)は、2017年春に入社した。小学5年のとき、交通事故に巻き込まれ、首から下が動かなくなった。それでも早い時期から「将来、何か仕事をしたい」と強く思うようになった。しかし「体の動かない私がどうやったら働けるのか」。リハビリに行ったときに聞いたのが「パソコンを動かせる」という話だった。

 田辺さんは、特別支援学校を卒業後、障害者向けIT講座を受けて、イラストレーターという描画ソフトの使い方を習得した。講座の関係者から紹介されたのがクオールアシストだった。面接を受けるととんとん拍子に入社が決まった。現在は月曜から金曜の10時半から19時半まで、フルタイムではがきやポスターのデザインを作る。手を動かせない田辺さんは、赤外線操作システムを利用し、視線でパソコンを自由自在に動かす。

 仕事に欠かせないのが、全国に在住する〝同僚〟とクラウド上で音声会議ができるシステムだ。OKIワークウェル(東京)が開発したもので、複数の場所から同時に接続して「バーチャル会議室」をつくることができる。各地の同僚に、田辺さんのことをどう思うか聞くと「すごい」「仕事が早い」という答えがすぐに返ってきた。

 田辺さんは「働くことによって自信が付きました。2年働いて、ああ、できるんだと。自信がどんどん強くなってきて、働いてよかったと思います。難しいこともあるけど、やりがいがあります」と話した。

 地元のボッチャのチームに所属しており、週末は練習や大会に忙しい。「給料はほとんどボッチャの道具に使いました」
 
 田辺さんの活躍に目を細める青木社長は「事故や病気で体の一部機能を失っても、それを補完する形で他のどこかが発達する傾向があると思っている。千晴さんの場合、手足のエネルギーがそのまま頭脳に移行したイメージだ。記憶力、発想力、集中力がすごい」。

 「うちにはほかにもすごい人がいっぱいいます。それに、まだ地方には能力の高い人たちがたくさんいる。動けないという理由で働けないのはもったいない」。今後も支援団体などを通じて人材を発掘し、積極的に雇用する方針だ。(終わり、共同通信サイバー報道チーム=北本一郎)

1回目記事はこちら 700人全員に出社義務のない会社

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