8月1日の開幕からわずか3日で中止となって2カ月余り。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が8日、ようやく再開された。ただ展示作品を巡る脅迫や抗議は続いている。再開に反対する河村たかし名古屋市長は会場前で一時座り込み、文化庁は芸術祭への補助金支給を取り消した。これまでの経過からは、憲法に定められ、司法判断も積み上げられてきた「表現の自由」と検閲禁止が十分理解されない、まさに「表現の不自由」を見せつけられている。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

展示拒否され見る機会奪われた作品ばかり 

 企画展の関係者によると、展示や掲載が何らかの理由で拒否され、見る機会を奪われた作品ばかりを集め、今回の企画展に引き継がれた、そもそもの「表現の不自由展」は2015年1〜2月、東京都練馬区のギャラリーで開かれた。韓国人カメラマンのアン・セホンさんの写真展「重重―中国に残された朝鮮人日本軍『慰安婦』の女性たち」が脅迫や抗議により、ニコンサロンでの開催がキャンセルされたことがきっかけで、アンさんが起こした裁判を支援した人たちが不自由展の実行委員となった。 

 15年の不自由展では、アンさんの作品をはじめ、韓国の彫刻家キム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻が制作し、ソウルの日本大使館前などにもある「平和の少女像」、昭和天皇の写真や裸婦像などをコラージュした大浦信行さんの連作版画「遠近を抱えて」、作者非公開の「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句などが展示された。少女像は12年、東京都美術館に展示されたミニチュアが4日で撤去された。大浦さんの連作版画は1986年、富山県立近代美術館が購入し、館内に展示されたが、県議会で「不快」と批判されたことなどから非公開となり、93年に売却された。「九条守れ」の俳句の作者は、さいたま市大宮区の公民館で活動する句会のメンバーで、市が発行する公民館だよりには、句会の選んだ優秀作が毎月掲載されてきたが、この俳句は2014年6月、優秀作となったのに「公平性、中立性を害する」などとして、掲載されなかった。 

 ジャーナリストの津田大介さんは当時、この不自由展を鑑賞し、あいちトリエンナーレの芸術監督になると「表現の自由を議論する材料にできる」として、不自由展の実行委員らと今回の「表現の不自由展・その後」を企画した。展示されたのは、15年不自由展の作品と新たな作品計23点(作家は16人)。 

 このうち脅迫や抗議の対象となったのは、少女像と大浦さんの映像作品「遠近を抱えてPartⅡ」だった。企画展のホームページによると、少女像は老女の影を持ち、厳しい表情をしていることなどから、旧日本軍慰安婦の苦難にとどまらず、女性の人権を巡る闘いを表現しているが、慰安婦を巡る日韓の意見対立を背景に「反日」と攻撃された。大浦さんの作品も、富山県立近代美術館によって「遠近を抱えて」を収録した図録が焼却処分されたときの様子を描いたものだが、コラージュされた昭和天皇の写真を燃やしているように受け取られ「不敬」などと指摘された。

法律によってもみだりに制限できない重要な人権 

 おそらくほとんどが鑑賞していない人からの脅迫、抗議で企画展はいったん中止に追い込まれ、表現の自由は津田さんが意図した以上に議論となったのではないか。表現活動には、個人の人格を高める価値と、国民として政治的意思決定に関与するという社会的価値があり、最高裁は憲法21条1項の表現の自由について「国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することはできない」との判断を示している(1974年11月6日の大法廷判決、勤務時間外に選挙ポスターを掲示するなどした郵便局職員が国家公務員法違反の罪に問われた猿払事件)。損害賠償責任を負う民法の不法行為や刑法の脅迫、威力業務妨害、名誉毀損(きそん)などの罪に当たる表現活動、憲法12条、13条の「公共の福祉」に基づく性表現の規制などは例外となるが、名誉毀損は表現の自由を尊重し、一定の要件を満たす場合には免責される。

 表現の自由と表裏一体の「知る権利」についても、最高裁は「(個人の)思想および人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないもの」とその価値を認め、思想・情報の自由な伝達、交流が確保されるという民主主義社会の基本原理を実際に生かすためにも必要としている(89年3月8日の大法廷判決、裁判傍聴人のメモ制限訴訟)。 作品の展示や掲載を拒否されると、こうした重要な価値を持つ知る権利(作品を鑑賞する権利)も侵害される。

 さらに憲法21条2項で禁止されている検閲は、行政権が主体となり「(表現物の)発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること」と定義され、憲法に禁止規定があるのは「公共の福祉」を理由とする例外をも認めない趣旨と解釈されている(84年12月12日の最高裁大法廷判決、税関検査は検閲に当たるかが争われた訴訟)。これに対し憲法の教科書として多く利用されている、故芦部信喜東大名誉教授の「憲法 第七版」では、最高裁による検閲の定義は「狭きに失するとの批判が強い」とし、思想・情報の発表に重大な抑止効果を及ぼすような事後規制も検閲の問題となり得ると説いている。 

 これらの司法判断や学説を踏まえると、河村市長が少女像について「公的資金を使った場で展示すべきではない」などと述べたのに対し、芸術祭実行委員会の会長でもある大村秀章愛知県知事が8月5日の記者会見で「発言は憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか。河村さんは公権力を持つ立場。『この内容はいい、この内容はだめ』と言うのは、検閲ととられても仕方がないのではないか。オーソドックスなのは事前検閲だが、事後検閲だってある」と反論したのは、的確な指摘といえる。

 思想内容の当否、公権力が判断してはならない

 さらに大村知事は「公権力が思想内容の当否を判断すること自体が許されていないというのが定説でしょう。『税金でやるから、こういうことやっちゃいけない』などと、いろんな意見が飛び交っているが、私は逆ではないかと思う。税金でやるからこそ、表現の自由は保障されなければいけない。この内容は良くて、この内容はだめだと言うことを、公権力がやることは許されていない。自分の気に入らない表現があっても、表現は表現として受け止めるのが、いまの日本国憲法の原則で、戦後民主主義の原点ではないか」と分かりやすく説明してくれた。 

 大村知事が語った「この内容は良くて、この内容はだめだと言うことを、公権力がやることは許されていない」ということは、千葉県船橋市立西図書館の司書が「新しい歴史教科書をつくる会」などへの嫌悪感から、関係著作107冊を独断で廃棄したことを巡り、つくる会側が表現の自由を侵害されたとして、市に損害賠償などを求めた裁判の最高裁判決(2005年7月14日)でも示されている。最高裁は「公立図書館の職員が図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取り扱いによって廃棄することは、著作者が著作物によってその思想、意見などを公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない」として、船橋市の賠償責任を認めた。この判決は15年不自由展と今回の企画展に展示された「九条守れ」の俳句が公民館だよりに掲載されなかったことに対し、作者がさいたま市に俳句掲載と損害賠償を求めた訴訟の二審東京高裁判決(18年5月18日)で引用され、さいたま市は掲載と賠償を命じられている。 

 河村市長はもちろん、芸術祭への補助金について「文化庁の補助事業だ。交付の決定に当たっては事実関係を確認、精査した上で適切に対応したい」と発言した菅義偉官房長官や「表現の自由は保障されるべきだが、反日プロパガンダと国民が思うものを愛知県が主催者として展示するのは大反対だ」と述べた吉村洋文大阪府知事は、これらの判例や憲法の教科書を読み、自らの発言を再考してほしい。またその後、文化庁は「手続きに不備があった」として補助金を取り消したが、大村知事は「合理的な理由がない。裁判で争いたい」と話しているので、その司法判断に注目したい。

開催続ける努力尽くさず中止に 

 一方、大村知事が決めた企画展の中止は拙速だったのではないか。15年不自由展のきっかけとなった、アンさんの写真展キャンセルを巡り、アンさんがニコンに損害賠償を求めた訴訟の東京地裁判決(15年12月25日)では、ネットへの書き込みの中には「暗殺」などの不穏当な表現もあったとしつつ「この種の書き込みから、直ちにその言葉どおりの行動が現実に行われる危険性が高まっていたと認めることはできない。(ニコンはアンさんと)誠実に協議した上、互いに協力し、警察当局にも支援を要請するなどして混乱の防止に必要な措置を取り(写真展開催という)契約の目的の実現に向けた努力を尽くすべきであり、そのような努力を尽くしてもなお重大な危険を回避できない場合にのみ、一方的な履行拒絶もやむを得ない」とされている。大村知事は企画展を続けるという目的の実現に向けて、判決に書かれているような努力を尽すべきだった。 

 アンさんは訴訟に先立ち、ニコンサロンでの写真展開催を求めて仮処分を申し立て、東京地裁は認めた。ニコンが開いた写真展の会場には金属探知機が置かれ、多くの警備員と社員が配置された。地元警察には協力を要請した。まるで再開された今回の企画展の会場のようだ。再開後は企画展の鑑賞者も抽選で制限され、これが表現の自由の現状かと思うと、残念でならない。