ジャガイモとマヨネーズというシンプルな材料ゆえ、店や家庭ごとに千差万別のポテトサラダ。そんな「ポテサラ」に魅了された広島市の男女3人が「協会」を発足させた。インターネットやイベントでその奥深さを発信し、まだ見ぬ味を求めて巡った店は100軒以上。「全ての居酒屋にポテサラを」。〝野望〟実現のため、昨秋から始めた活動はメディアに取り上げられるなど注目を集めている。(共同通信=野口英里子)

 「にゅーとー!」

 10月のとある夜。広島市内のバーで開かれた「日本ポテトサラダ協会」の設立1周年記念パーティーはにぎやかに盛り上がっていた。まず登場したのは円柱形に固めたポテサラを3段重ねた「ケーキ」。鈴木裕太さん(25)、中村裕(ゆう)さん(23)、榊原裕希(ゆき)さん(35)の協会設立メンバーが、結婚披露宴さながらにナイフを入れると会場には笑いと拍手が広がった。

 続いて運ばれてきたのも山盛りのポテサラ。招待された友人ら約10人は、キムチや福神漬け、チーズなど用意された9種類のトッピングを思い思いに混ぜて味わった。「この組み合わせ意外とおいしい!」「わたしはこれが好き」。お互い初対面ながら会話に花を咲かせていた。

 あふれる笑顔を前に中村さんは「ポテサラを通じて人々のつながりを生み出すという協会の理念が、目の前で実現しているようでうれしい」。およそ1年半前、何気ない一言から始まった活動の歩みに思いをはせていた。

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 「仕事以外で面白いことがしたい」。中村さんが同僚の鈴木さんに持ち掛けたのは昨春のことだった。広島市のウェブ制作会社に同期入社し仲の良かった2人。居酒屋で酒を酌み交わしつつ、共通の好物であるポテサラの愛好団体をつくろうと盛り上がった。同業の榊原さんも仲間に加わり設立したのは10月10日。食品メーカーが定めた「ポテトサラダの日」だ。「会長」には鈴木さんが就任した。

 活動内容は、ネットや知人の口コミを基に選んだ居酒屋やコンビニ、スーパーのポテサラの具や味、ジャガイモのつぶし加減、香り、温度、飲み物との相性などを調査し、ホームページに「食レポ」を掲載するというシンプルなもの。出張先でも調査し「給料の何割をポテサラに投資したか分からない」(鈴木さん)ほど打ち込んだ。

 全国紙で取り上げられたことをきっかけに、県内外のラジオ番組やジャガイモ生産者向けの専門誌などからも取材を受けた。今年9月には、大阪市内の商店街が催したポテサラのイベントにも招待された。鈴木さんは「気軽に楽しくできればよいと思って始めたけれど、予想外に多くの人に興味を持ってもらった」と振り返る。

 活動が広がっていくさなかには、協会の英訳名(Japan Potatosalad Association)の略称「JPA」を冠した公式ソングも生まれた。制作したのは長崎のアマチュアバンド、尾口陽軌(たかのり)さん(34)と則行優志(まさし)さん(30)。

 ところが、この曲が実際に完成したのは2016年ごろ。協会ができる前のことだ。2人ともライブの打ち上げで必ず注文するほどのポテサラファン。愛が高じて架空団体のテーマソングのつもりで作曲していたという。

 そんな中、SNSで「協会」の存在を知り興奮冷めやらぬままに連絡を取ると、意気投合。今年1月には長崎市内のライブに鈴木さんを招いて一緒に「JPA」を歌い、協会の「公式ソング」にすることを決定した。

 協会の1周年記念パーティーには、長崎から尾口さんと則行さんも駆けつけた。「ポテサラで世界を変えていきましょう」。ボーカルの則行さんのかけ声で始まったライブで「JPA」を披露。間の抜けた曲調と歌詞に会場は笑いに包まれた。

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 協会設立から1年。さまざま活動を通じて鈴木さんは、ポテサラが日本人の食生活に根付いていることを改めて実感したという。

 「ワインに合う」と銘打ってブルーチーズを混ぜる、くんせいしたサバや貝など魚介類とコラボするなど、行く先々で予想外のレシピと出会った。一方で、広島市内の繁華街で道行く人に「おすすめのお店は」と尋ねると「母親(または妻)が作ったものが一番」と即答する人もいた。「家庭ごとでも作り方がさまざまで、それゆえに家族の思い出として認識されているのでは」(鈴木さん)

 これまでは食べることが中心だったが、今後はジャガイモの種類の研究や独自レシピの開発、愛好家の交流会などアイデアは尽きない。協会の調査によると、生もので作り置きが難しいためか、ポテサラをメニューに置いていない飲食店も多いという。全ての居酒屋にポテサラがある世界―。協会が掲げる「野望」の実現に向け、鈴木さんら3人の挑戦はこれからも続きそうだ。

 ▽取材を終えて

 全ての居酒屋にポテサラを―。くすっと笑ってしまう理念だが、「やろう」と決めて実行してしまったのだからすごい。筆者は発起人の鈴木さんと中村さんと同世代。そのフットワークの軽さに、取材中何度も敬意を覚えた。協会名自体は先に発案していた尾口さんも「実際に団体を作るなんて」と舌を巻いていた。

 考えてみれば、世界中の人が利用する会員制交流サイト・フェイスブックも、元をたどれば、一人の学生が大学内の交流を促進させようと開発したインターネットサイトが始まり。協会の3人がポテサラを通じてどのような「つながり」を生み出すのか。想像するとわくわくする。