重度の知的障害と自閉症がある兵庫県在住の40代の男性が、近くの地蔵尊でポリ袋を燃やしたとされる事案で、警察が男性に実施したDNA型検査の手続きの妥当性を巡り、裁判で争われた。そこで示されたのは、「同意」という行為は、自らが置かれた状況を正しく把握し、侵害される利益について理解できる能力があって初めて可能になる、ということだ。

 ただ、検査で測定される理解力や知的レベルと、実際の生活や活動の場面で観察される〝その場を切り抜ける〟力は、一致しないことが多い。特に男性は、一度も施設で過ごした経験がなく地域生活が長いため、知的レベルに不釣り合いなほど高い生活スキルを持ち合わせていた。それを警察官が誤認し、強引な捜査手続きを進める誘因になったのかもしれない。

 母親の回顧や幼少期から男性の療育に関わってきた研究者の話に耳を傾け、当人には何ができ、何ができないのかという障害理解を深め、合理的配慮に向けた手がかりとしたい。(共同通信=真下周)

 ▽知的レベルと生活能力

 2019年3月の一審判決後、兵庫県警側はただちに控訴した。控訴趣意書は、男性への取り調べについて「多動傾向のある男性が3時間の間、大声を出したり退席したりしようとしなかった。取調官との間で意思疎通や対話ができていた」と主張。供述調書についても、男性の供述内容に基づき適正に作成されたもの、と強調した。また、口腔内の組織片の採取に有効な同意がないとされた点は、「男性の能力を過剰に低く評価している」と判決内容を批判した。

 男性は実際にどの程度の知的レベルなのか。障害者手帳の区分は重度で、介護給付の区分更新のために15年に受けた判定は、(最も支援を要する)区分6だった。その際、県精神保健福祉センターの医師は「言語理解、状況理解ができない。かろうじて自分の名前が書ける以外は、文字の読み書きは不能」と記している。

 その所見によると、男性は興味の対象が極めて限定され、水や火にこだわりがあり、現在は銀行ATMの用紙に興味を示す。物を捨てることができない。食事は自室で、1人で母のつくった弁当を食べることが多い。極度に過敏な面があり、情緒不安定になりやすく、夜間も大声で叫ぶなどし、睡眠覚醒リズムも不安定だ。両親、特に母親の介護でかろうじて在宅生活を続けているが、24時間目が離せない。自閉症に特徴的な「同一性保持」(ある特定の物や状況に異常なまでに固執し,その状態を一定に保とうとする行動様式)、表面的でパターン化された対人関係を認める。診察室に数分も座っていることができない。

 母親によると、男性は自室では、段ボールで囲まれたような狭いところに好んで入って、過ごしている。そのほうが情緒に安定するという。一方で風が動いていることを好み、部屋は一年中クーラーが作動して、その冷気に当たっているという。昼夜逆転の生活をし、夜間にあてのない散歩に付き合わされることもしばしばだ。

 ▽生い立ちからの記録、本に

母親は男性のこれまでの半生を、生い立ちから詳細な記録として残し、本にまとめている。県警側は本に登場してくる「小遣いをもらっており、1人で100円ショップでの買い物やコンビニでデジカメのプリントアウトができる」や「自室にある所有物を(母親に)勝手に捨てられたくないので、鍵を購入して設置する」、「自由に行動したいとき、ガイドヘルパーをまく」などのエピソードを細かく拾い上げることで、男性の知的能力や生活能力が高いことを示そうとした。

 県警は、男性が文字をある程度、読むことができ、自分の氏名も認識している/数語からなる文を話せる/選択式の質問に答え、自分の意思を他者に伝えられる/自分の意思を実現するため、状況に即した行動ができる、などと主張した。

 しかし母親の言葉を借りると、男性は発達がいびつで、能力はまだら模様のようにはっきりしない。数は1から500までそらんじることができるようになったが、抽象的な数になると認識は難しい。昨日や明日といった時間の概念も、いくら教え込んでも理解できなかったという。

 クレジットカードを使って1人で買い物ができる。その際の署名も「(何もなしの状態で)氏名を書くことはできないが、模写はできる」という。銀行のATMでキャッシュカードも使える。それが直ちに高い能力を示しているわけではなく、親の所作を見よう見まねでやってみたら紙幣が出てきた、という経験を繰り返し積んだ結果だった。男性はカードの仕組みを理解しているわけではなく、〝なんでも買える魔法のカード〟としてこだわっているにすぎない。

 男性は今では、ゆで卵などの簡単な料理がIHを使って1人でできるそうだ。それも言葉のやりとりの中で学んだわけでなく、反復で覚えていったらしい。知的領域が障害で制限されていても、生活経験の蓄積、すなわち「生活年齢の重み」によりカバーできる部分がある。

 先ほど医師の所見で「食事は自室で、1人で母のつくった弁当を食べることが多い」とあったが、実際には、男性は週に1、2回はすき焼きや鍋の献立でビールを楽しみ、旅先でもホテルのバイキングや会席料理に舌鼓を打っているらしい。さまざまな刺激の中で経験したことが定着し、彩りある生活を送っていると言えるだろう。

 記者は男性の外出に同行したことがある。ガイドヘルパーの2人を引き離してずんずん歩いて行く男性。電車に乗るため、最寄りの駅に着くと、券売機に千円札を自ら入れ、「どこどこ?」「これ?」と押すボタンがどれか聞いている。「どこに行くんだっけ?」とガイドヘルパーに向けられ、「甲子園」と答えた。「障がい者割引」ボタンを押し、券売機の扉を開けて顔を出した駅員に、ぱっと手帳を見せた。その際、「はい、ありがとう」と早口で言い、手慣れた動きで手帳をしまい込んだ。手際がいい一連の所作は、ルーティンとして身に付けたもの。男性は乗り換え行為も1人でできるらしい。

 一方、目的地であるガイドヘルパーの事務所に着き、「どうぞ(いらっしゃい)」と声をかけられると、男性はおうむ返しで「どうぞ」と答えた。「上着、脱ぎますか?」の質問には「上着、脱ぎますよ」、「甲子園(の場所)、覚えた?」には「甲子園、覚えたよ」。こうしたやりとりになると、どこまで会話の内容を理解しているか、おぼつかなかった。

 ▽幼少期から見守ってきた研究者

 男性の療育に5歳の時から関わり、今も見守りを続ける研究者がいる。神戸大発達科学部教授だった中林稔堯(なかばやし・としたか)氏だ。中林氏によると男性は、知的能力や言語能力を測定する通常の発達検査では「3歳以下」と診断されるという。言葉はほとんど習得できておらず、周りの世界を視覚的に認知し生活している。触覚や前庭覚などの原始系の感覚や判別系の視覚に基づく映像的な自己の概念は獲得していたとしても、言語的認知能力によって自らの言葉で意思表明したり、自己決定したりというレベルでの自己の確立はできていない。

 こんなエピソードを明かしてくれた。両親は成人して以降も男性をよく海外旅行に連れて行った。ある時、着陸体勢に入った飛行機の中で、男性はパニックに陥った。着陸時にはシートベルトを締めなければならず、自由に動き回れない。男性は普段は、触られたり拘束されたりすることを極端に嫌う人なのだ。

 言葉が理解できれば、今どういう状況にあるか、着陸までのおおよその予測ができる。人は事態を見通すことにより、時として我慢ができ冷静に行動する。しかし、男性は座席での拘束を「一時的なもの」と了解することもできないため、感情が爆発し、制止しようとした隣に座る母親を平手打ちしてしまった。これまで一度もしたことがない母親への暴力だった。

 ところが、中林氏は男性について、次のような側面も指摘する。「初めての人の前や初めての場所では、わりと振る舞いがいいんですよ。慣れて事態(状況)が分かるようになると、自分のやりたいことを主張し、言うことを聞かないけれど」。つまり、新奇な場面に対して緊張し、そのことがかえって社会的な振る舞いの良さと他者からは見えることがあるのだという。自閉症の一部の子どもや青年には、こうしたタイプがいるのだそうだ。

 大勢の警察官に囲まれ、警察署でも初めて出会った警察官から理解できない話をされ、緊張のあまり猫をかぶったように、じっとおとなしくしていた―。中林氏に言わせれば、それも不思議ではないという。質問すれば、男性は相づちやおうむ返しで答える。警察官は、男性が自分とのやりとりを理解していると誤認してしまう。だが本人にとっては、その場をやり過ごすことが精いっぱいで、話の中身を理解してはいない、というわけだ。

 一般に取調室は、障害のない人でも緊張が高まる環境で、自分の思いに反して警察官の意向に応じてしまうこともある。知的障害が比較的軽い人の場合、自分の氏名は漢字でも十分に書けるものの、それでも自分の思いや考えを自分の言葉で表現することは難しい。「違います」「していません」などの否定的な表明が言葉や動作でできず、相手の言いなりになり、強く念を押されると事実と異なることでも同意してしまう。こうしてできあがった供述調書は「100%、誘導あるいは強制による自白と言っていい」と断言する。

 中林氏は、男性が実際に置かれた状況をこんな風に推察した。取調室で男性と向き合った警察官は、言葉で応じず普通の反応をしてこない男性に、「こちらのストーリーで進めるしかない」と考えた。幸い男性が話にあいづちを打ち、うなずくしぐさをしてくれるので、「このストーリーで間違いないだろう」と正当化し、供述調書を作成した。

 容疑者とされた知的障害の人が取調室で、自分1人で身を守り、権利を主張することは不可能に近い。中林氏は「障害がある人は、言い方を変えると支援を必要とする人だ。彼ら、彼女らが容疑者として取り調べを受ける場合、弁護士などの支援者の同席が必要となる」と強調した。

 ▽トライ&エラーで学習

 男性は生まれてからずっと両親のもとで育ち、自宅で過ごしてきた。義務教育の後も管理的な施設での生活は選択しなかった。言葉で世界を理解することは困難で、社会のルールからはみ出すようなヒヤリ・ハットなことをたびたび起こすので、「10分も目が離せない」(母親)。だが両親は、薄氷を踏むような思いをしながらも、彼の行動を安易に制限せず、人としての尊厳を持って彼を見守ってきた。「知的能力の伸びには限界があったが、社会性がここまで伸びるとは思わなかった」と母親は述懐している。

 中林氏によると、自閉症児の親は「しつけができていない」といった世間のプレッシャーにさらされる中で、社会のルールをなんとか身に付けさせようと厳しいしつけに向かうが、うまくいかないことが多いという。〝自分主義〟を貫くわが子に振り回されてノイローゼになる人もいる。子どもが大きくなり、体力で負けてくると逆襲されることもある。男性の両親は、社会の型に男性を押し込めるのではなく、彼の自律性をうまく引き出しながら、社会と折り合いをつけていく生き方を学ばせてきたと言える。

 地域生活が長くなると、健常の人と同様に生活年齢が加わっていく。トライ&エラーを積み重ねてきた男性は、さまざまな経験にもとづく野生的とも言えるような生きるための勘を備えていて、社会に張り巡らされた見えないルールやコードに触れないよう曲芸のように身をかわしつつ、決定的な逸脱のないまま生きてきた。男性にはこれまで前科前歴がない。

 地蔵尊の香炉で〝火遊び〟をした際、男性は持っていたペットボトルのお茶ですぐに消している。幼少期から火への興味が抑えられなかった男性。母親は火について一切を禁じるのではなく、その扱い方を男性に学習させようとした。付き添って何度も人里離れたところに車を走らせ、安全な場所でたき火をしてみせる。消火も含めて、火の習性を繰り返し学ばせた。気の遠くなるような反復の繰り返しが、ペットボトルのお茶で消す行為に結実したと言うことができるだろう。

 ▽「声を上げられない人の光に」

 「この先の在宅生活も可能かもしれない、と思えるようになっていた」(母親)矢先に、今回の事案は起きた。両親はこれまで、周囲の人に迷惑をかけないよう心を砕いてきた。だが、ガイドヘルパーのちょっとした気の緩みが、大きな問題を招いてしまった。

 だがアクシデントは得てして起きるものだ。社会の側に障害者への理解のまなざしがあれば、決定的な破綻に至らずに済む。ところが、警察は逮捕を想定したような強制的な手続きを進め、DNA型検査まで行った。両親が最も傷つき、怒りを覚えたのは、捜査の過程で警察官から浴びせられた、「息子さんをなぜ家から出したのか」とか「精神科病院に行かせなさい」といった差別的な発言の数々だった。

 「社会の許容度が下がれば下がるほど、親は世間の目が耐え難くなる。リスクを恐れて自宅に閉じ込めてしまう。こんな社会では、息子をこの先、施設に入れるしか選択肢がなくなる」。障害があろうとなかろうと、一人一人に役割があり、ともに受け入れられ歩める社会であってほしいと願う両親は、成熟した社会のために何ができるかを考え、問題提起のために訴訟を起こした。

 結果は、事実上の勝訴に近い和解。裁判費用は、知的障害者らと対象にした保険会社「ぜんち共済」が、権利擁護活動の費用として支出してくれた。

 男性の訴訟代理人を務めた辻川弁護士は「男性は重い障害があり、そもそも責任能力の部分で刑事事件には乗らない人だった。それなのに、警察は、障害者には何も分からないだろうとの安易な考えでDNA型まで調べた」と批判した上で、「氏名を書けない障害者であっても同意は取らなければならない。障害がある人にも、障害がない人と同様の適正な捜査手続きを保証すべき、とした今回の和解は貴重な意味を持つ」と振り返った。

 男性の母親も「裁判所は障害者の人権や個人の尊厳尊重をはっきり言ってくれた。格調高い判断を示したと思う」としつつ、「ただ県警側から一言、謝罪があってもよかった」と心のひっかかりも覚えていた。母親は「私たちは一番弱い立場の人を育てている。障害がある人への理解がこの和解を機にすぐ深まっていくとはとても思えないが、さまざまな権利侵害を受けながら声を上げることができない人たちの光となればうれしい」と話している。

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