ヘイトスピーチに「公益目的があった」―。そう断言した刑事裁判の一審判決に波紋が広がっている。北朝鮮による拉致事件をテーマにした街宣だから公益性がある、という理屈だ。なぜこんな判決が下ったのか? 近く始まる控訴審を前に、関係者を取材した。(共同通信ヘイト問題取材班)

  ▽過去にもたびたびターゲットに

 「ちょっと前までね、ここ、空き地になっているでしょ。ここにね、日本人を拉致した朝鮮学校があったんですね」「これはもう警察庁にも認定されて、その朝鮮学校の校長ですね、日本人拉致した、国際指名手配されております」。2017年4月23日、幼い子どもたちが遊ぶ夕方の公園で、黒いサングラス姿の男が約10分間、拡声器を手に歩き回った。

 街宣があったのは京都朝鮮第一初級学校跡地近くの勧進橋児童公園(京都市南区)。男は「在日特権を許さない市民の会(在特会)」元幹部の西村斉被告(51)で、現在は排外主義を唱える政治団体「日本第一党」の京都本部長を務めている。

 西村被告は街宣後、一部始終をインターネット上で動画配信した。 学校を運営する「学校法人京都朝鮮学園」は、発言をヘイトスピーチだとして17年4月に西村被告を刑事告訴した。

 京都地検は捜査の末、西村被告を名誉毀損罪で在宅起訴し、刑事裁判となった。京都地裁は19年11月、西村被告に罰金50万円を言い渡した。京都朝鮮学園は検察側に控訴を求めたが、地検は見送りを決定。関係者によると、過去の名誉毀損事件の判例と比べ、量刑が不当との主張ができなかったためとみられる。一方、西村被告側は「表現の自由を萎縮させる」として控訴した。

 勧進橋児童公園は09年12月、朝鮮学校に占有されていると西村被告を含む在日特権を許さない市民の会(在特会)メンバーらが主張し、拡声器で差別的な言葉を大音量で繰り返して授業を妨害する「京都朝鮮学校襲撃事件」が発生した場所だった。メンバーらは刑事裁判で威力業務妨害の罪などで有罪判決を受けた上、民事裁判でも賠償を命じられた。事件とその後の被害者の裁判闘争は、日本社会にそれまで野放しになっていたヘイトスピーチへの規制を迫る大きな原動力になった。

 ▽強まる危機感

 「ヘイトスピーチに公益目的があると断言した最悪の判決」「民族差別をなくす契機になると期待していたのに、残念でたまらない」。19年11月の判決後、学園関係者には大きな失望感が広がった。地検が判決を受け入れたことにも「強い憤りを禁じ得ない」と批判。同校の卒業生らも「被害者がいることを忘れないで」と憂慮の声を上げる。

 OGで大学4年の女性(21)の脳裏には、11年前の襲撃事件が浮かんだ。当日は何が起きたか分からず、後日インターネット上に並んだ在特会を称賛するコメントに言葉を失った。「私たちってだめな存在なの?」。当時5年生だった女性は母親に尋ねた。思春期は「日本人として生きていった方が楽なのか」と葛藤を感じてきた。「高裁は在日コリアンを攻撃する目的のヘイトクライムだったと明確に認定してほしい」

 同志社大4年の李宗海(リ・チョンヘ)さん(21)も「司法がヘイトの不当性を認めなかったら誰が味方してくれるのか。このままではネット上でのヘイトが活気づく可能性がある」と危機感を募らせる。

 「拉致問題をテーマにするだけなら、なぜ朝鮮学校跡地近くのあの公園を選ぶ必要があったのか。被告にとって拉致問題はヘイトの隠れ蓑にすぎないということを、裁判官は見抜けていないのではないか」。10年前、朝鮮学校への支援を巡って西村被告からヘイトスピーチ被害を受けた徳島県教職員組合の元書記長(68)も、判決には強い疑問を感じた。

 学園側弁護団も控訴審を前に「街宣は差別目的」と認定し直すよう、全国の弁護士有志による抗議声明を大阪高検へ提出した。「今後、同種の差別街宣が拡大して行われる危険性がある」として、抗議への賛同を求める電子署名もネット上で呼び掛けており、3000人を超える署名が集まっている。

 

 刑事訴訟法の規定では、検察側が控訴せず、被告側のみが控訴した場合、控訴審は一審判決より重い刑を言い渡すことができない。ただし、公益目的についてなどの認定内容を変えた控訴審判決を言い渡すことはできる。

 学園側弁護団の冨増四季弁護士は「裁判所は基本的に、再犯全般に対して厳しい態度で臨んでいるのに、ヘイト事件で何度も再犯している人物に温情的な判断をするというのでは、裁判所自体が差別に加担していると言われても仕方ない」と批判。「控訴審は、日本の刑事司法のあり方を決定づける極めて重要な分岐点」と訴える。

 西村被告側は一審では、一連の発言などを認めた上で「京都朝鮮学校に嫌がらせをする目的ではない」と無罪を主張していた。

 ▽公共性と公益性

 一審判決はまず、名誉毀損の例外ケースに当たるかどうかを検討した。刑法230条の2は、発言が①「公共性」のある事実についてで②「公益目的」があり③内容が「真実」であれば、名誉毀損罪として罰せられないとしている。

 その上で判決は、①について、「日本人拉致事件に関する内容である」として該当すると判断。②についても、西村被告が法廷で「朝鮮が行った拉致などの悪事を知ってほしい」「自分の活動が日本の国益になると信じている」などと供述していることから、「街宣には拉致事件の事実関係を明らかにするという公益目的があった」とした。

 最後に③について、拉致事件に関与したとして06年に国際手配されたのは大阪の朝鮮学校の元校長であり、「京都の朝鮮学校が日本人を拉致した」とする発言内容が真実ではないとして名誉毀損を認定。検察は懲役1年6月を求刑していたが、発言の公共性・公益性が認められたために、より軽い罰金50万円にとどまった。

  ▽目的は人種差別

 刑事とは異なって民事裁判では、ヘイト街宣の公益目的を否定し、「実際は人種差別が目的だ」と断じる判決が続いてきた。

 京都朝鮮学校襲撃事件の民事訴訟では、在特会側は「朝鮮学校による公園の不法占拠を糾弾するため」と主張。しかし14年7月の大阪高裁は「在日朝鮮人を劣悪な存在であるとして嫌悪・蔑視し、日本社会で在日朝鮮人が日本その他の外国人と共存することを否定するもの」「在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴え、我が国の社会から在日朝鮮人を廃斥すべきであるとの見解を声高に主張することにあったというべきであり、主として公益を図る目的であったということはできない」と述べ、在特会側に約1200万円の損害賠償と学校周辺での街宣禁止を命じている。

 また、西村被告ら在特会メンバーが10年4月、四国朝鮮初中級学校(松山市)に資金援助をしていた徳島県教職員組合の事務所(徳島市)に乱入し、拡声器で「朝鮮の犬」などと罵声を浴びせた事件の民事訴訟でも、16年4月の高松高裁が「支援活動を萎縮させる目的と効果があり、人種差別的思想に基づく攻撃だ」と断定。一審より増額した賠償を命じた。

  ▽違法性の認識に変化

 裁判を巡り、ヘイトスピーチの法的規制に詳しい龍谷大の金尚均教授(刑法)がリモート取材に応じた。

 ―一審判決の印象について教えて下さい。

 差別的表現は従来、拘留または科料のみの侮辱罪で処罰されていましたが、懲役刑もあり得る名誉毀損罪で処罰する傾向を生んだのは大きな前進です。侮辱罪ではヘイトへの抑止効果が弱いという懸念がありました。重い名誉毀損罪で規制されることで、より強い抑止力を生むことが期待されます。

 ―学園側が問題とする公共性・公益性の認定については。

 北朝鮮による拉致事件が国際的な重大事件であることに、異論がある人はいないでしょう。問題は、西村被告が、大阪の朝鮮学校の元校長が疑われている拉致事件に関連して、京都の朝鮮学校校長が実行したと吹聴していることです。別人の犯罪疑惑に関して、『朝鮮学校』という特定の共通項を持ち出し、全くの別人を指して『あいつが拉致をした』と彼は言っているわけです。それを「公共の利益に関する事実」と言えるのでしょうか。裁判所は、拉致事件の重大性だけに関心を向けるべきではなく、あくまで拉致実行疑惑との関係で厳密に評価すべきです。被告の発言は、むしろ朝鮮学校関係者はみな被疑者扱いしようと仕向けるデマです。

 また、西村被告のこれまでのツイートから、拉致の容疑がかけられているのは別人だと知っていた可能性があります。差別煽動のため、街宣内容にわざとフェイクニュースを交えたのであれば、「公益を図る目的」があるとは到底いえないはずです。しかし検察官は一審で、これらのツイートを裁判所に証拠として提出しませんでした。

 ―判決は罰金刑で、検察側は控訴しませんでした。

 検察官は、名誉毀損罪が認められれば足りると考えたのかもしれませんが、ヘイトスピーチ解消法の施行という近年の文脈を踏まえれば、違法性評価を十分し尽くせていないと思います。ヘイト解消法成立(2016年)の前後では、日本社会の差別的表現への受け止め方、違法性の認識は大きく変わりました。ヘイトは許されないのだと立法府が定め、反ヘイトの社会的な機運も高まっているわけで、一審の刑事裁判官もそうした事情を量刑に反映すべきだったと思います。

 控訴審は13日、大阪高裁で始まる。