約130年続く大阪市を残すのか、解体するのか―。政令指定都市の大阪市を2025年に廃止し4特別区に再編する「大阪都構想」の住民投票が11月1日に実施される。提唱者の橋下徹氏率いる地域政党「大阪維新の会」と、反対派の自民、公明両党などが激しく対立し、僅差で否決された前回投票から5年。なぜ2度目の投票が行われることになったのか。これまでの歩みを振り返る。(共同通信=大野雅仁、三村泰揮)

 ▽前回は僅差で否決

 「都構想が市民に受け入れられなかった。間違っていたということになる」。前回の住民投票が行われた15年5月17日夜。大阪市内のホテルで記者会見に臨んだ大阪維新代表の橋下市長(当時)はこう述べ、政界引退を表明した。時折笑顔で冗談を飛ばしつつ「自分なりにやれることはやった。存分にやらせてもらった」と満足げに語った。

 反対70万5585票、賛成69万4844票。大阪市を二分した激戦は、1万票余りの僅差で勝敗が決した。大阪維新の若手議員らは橋下氏を涙ながらに慰留したものの、本人の決意は揺るがなかった。結成以来の悲願である都構想の実現は、この瞬間についえたかに見えた。

 ▽松井氏が再挑戦

 だが、くすぶる火種はすぐに燃え上がった。住民投票後、都構想に代わり府と大阪市、堺市の広域行政を調整する場として設置された「大阪戦略調整会議」で、自民党と大阪維新が激しく対立。具体的な議論に入る前に運営方法すら定まらず、空中分解した。大阪維新幹事長だった松井一郎知事(当時)は「会議で何も決まらないなら制度を変える必要がある」と主張し、15年11月の知事選で「都構想再挑戦」を争点に掲げた。

 知事選と同日となった市長選で、大阪維新は橋下氏の後継として吉村洋文衆院議員(当時)を擁立。橋下氏は、都構想の仕組みに詳しく5月の住民投票で悔し涙を見せた吉村氏を「素晴らしい政治家」と持ち上げた。松井氏と吉村氏は反対候補に圧勝し、都構想は息を吹き返す。

 ▽奇策のクロス選

 再挑戦への道のりは平たんではなかった。住民投票を再度実施するには府市両議会の承認が必要だが、当時の大阪維新はいずれも単独過半数の議席がなかった。多数派形成の協力相手と見込んだのが公明党だ。しかし公明内部には反対意見が根強く、協議は暗礁に乗り上げる。

 局面を打開するため、松井、吉村両氏は19年春の統一地方選前にいったん辞職。残り約8カ月となった任期を新たに4年確保し、民意をバックに突き進もうと、知事と市長の立場を入れ替える奇策の「クロス選」を仕掛けた。

 「行政の私物化」との批判もあったが、松井氏は「選挙こそ究極の民主主義だ」と突っぱね、吉村氏とともに再び大勝。同日実施された府議選でも大阪維新が単独過半数を獲得した。知事、市長選で反都構想を掲げる対立候補を支援し、惨敗した公明は「民意を重く受け止める」(佐藤茂樹衆院議員)と賛成に方針転換した。大阪維新と公明を合わせ、市議会でも賛成派が多数となり、再挑戦への道筋が整う。両者が主導して今年6月に新たな制度案をまとめた。

 ▽公明の思惑

 公明は大阪維新と投票運動でも連携する。住民投票の告示後、初の日曜日となった10月18日には、支持者に人気が高い山口那津男党代表が大阪入り。市内3カ所で松井氏や吉村氏と並んで街頭演説に臨み「住民投票に勝たせてください」と声を張り上げた。

 与党代表の山口氏が、国政野党の日本維新の会代表でもある松井氏らと並び立つのは異例だ。演説時間は通常の選挙戦よりも長く、終了後には松井氏とグータッチを交わす「蜜月」ぶりも演出した。

 特別扱いの背景には公明の選挙戦略がある。日本維新はこれまで公明が議席を持つ大阪、兵庫の衆院6小選挙区で候補者の擁立を見送ってきた。だが両者の関係が冷え込んだ昨春は、日本維新が「刺客」の擁立を検討した経緯がある。今後も「すみ分け」を望む公明が、「維新の圧力」(公明関係者)を受けて山口

氏の来阪を決めたとの見方がもっぱらだ。

 ▽足並みそろわぬ反対派

 対する反対派は勢いを欠く。前回は劇場型の手法を得意とした橋下氏を中心とする大阪維新に対し、自民、公明、民主(当時)、共産各党の地元組織が「反維新」で一致結束する〝包囲網〟を築いたが、今回は足並みがそろわない。

 反対派の旗頭だった自民は19年5月に府連会長に就任した渡嘉敷奈緒美衆院議員が「住民投票を容認し、都構想自体の賛否も一から議論する」と表明。大阪市議団を中心に批判が噴出したが、府議団の中では賛成意見も広まった。

 制度案への賛否を採決した6月の府市の法定協議会では、市議2人が反対する一方、府議2人は賛成に回り分裂状態に。府連本部は最終的に反対方針を決めたが、一致団結した動きにはなっていない。

 共産党は都構想反対を貫くが、19年春の市議選で議席を大きく減らした。立憲民主党は市議会に議席がない。反対派の結節点として、連合大阪の支援を受ける市民団体が立ち上がったが、「野合」批判を恐れる各党は連携に及び腰だ。

 ▽「吉村人気」に期待

 大阪維新は11年以来、橋下、松井、吉村の3氏で知事、市長職を独占し、府市一体で政策を進めてきた状況を「バーチャル都構想」とうたう。府立大と市立大の統合を決めたほか、19年6月のG20大阪サミットや、25年の大阪・関西万博の誘致成功を実績としてアピールする。

 府市が成長戦略の柱とする訪日外国人客も、11年の158万人から19年には1231万人へと大幅に増加。松井氏は「この10年間で法人税収は府で1.7倍、市で1.3倍になった」と誇らしげに語る。

 勢いづく大阪維新の不安材料は、新型コロナウイルスの影響だ。空の玄関口だった関西空港には閑古鳥が鳴き、外国人客であふれかえっていた繁華街も、平日の人影はまばら。老舗の料理店や大型ホテルの廃業も相次いでいる。8〜9月には死者、重症者も急増し、反対派から「都構想をやっている場合ではない。コロナ対策に集中するべきだ」と批判を招いた。

 一方、大阪維新の内部には、知事を務める吉村氏が矢継ぎ早の対応で全国的な支持を集めたことが「追い風になる」との期待ものぞく。ツイッターのフォロワーは100万人を超え、街頭に立てばすぐに数百人の人だかりができる人気ぶりだ。

 ▽「負けたら引退」

 2度目の挑戦権を得た大阪維新だが、岐路に立たされてもいる。住民投票が可決されれば「国政の日本維新にも選挙で勢いがつく」(市議)との期待が膨らむ一方、松井氏は9月の記者会見で「負けたら政治家として終了だ」と政界引退を明言した。吉村氏は進退に言及していないが「何度もやるものではない。これが最後だろう」と話し、3度目の住民投票はないとの認識を示す。

 大阪維新幹部は「橋下氏に続いて、松井代表が引退したら他にまとめられる人はいない。党がもたない」と懸念する。別の幹部はこうつぶやいた。「都構想を実現したいとの思いで維新に入ってきた人が多い。負けたら解散やな」