民主主義国家の日本で、民意の後押しがあっても、遅々として進まない問題がある。結婚後も、夫婦が別々の姓を名乗ることを認める「選択的夫婦別姓」だ。早稲田大学などが昨年10月に実施した調査では7割超が理解を示したという。何が壁になっているのか。同調査に関わり、「結婚の法律学」などの著書がある早稲田大法学部の棚村政行教授が実態を解説する。

 ▽実は「男性の問題」

 市民団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」と早稲田大学棚村研究室が2020年10月、全国47都道府県で20〜59歳の7000人を対象に「選択的夫婦別姓」に関する意識調査をインターネットで実施した。その結果、➀「自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦も同姓であるべきだ」は14・4%にとどまり、②「自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」が35・9%③「自分は夫婦別姓が選べるとよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」が34・7%④「その他、わからない」が15・0%との結果が出た。

 従来の調査では、夫婦別姓選択制への「賛成」か「反対」を問うものが大半であったため、今回は「自分は同姓をとるが、他の夫婦は構わない」という自他区別を鮮明にしようと努めた。もっとも厳密に言えば、これをそのまま「賛成」「反対」に色分けできるか、問題がないわけではない。しかし、かつて一部新聞社も採用した形式であり「他人は自由」という人たちを「反対」に回す必要はないと考える。それを踏まえると、少なくとも②と③を合わせた70・6%が「理解」を示したと言えるのではないか。

 また、調査から、選択的夫婦別姓の導入は「男性の問題」であることも分かった。別姓が選べず結婚を諦めたり、事実婚にとどまったりする人は、全体で1.3%だった。このうち男性は20代で2.4%、30代で1.7%、40代で1.5%おり、女性は30代で1.4%、40代で1.5%、50代で1.9%、年代によっては、男性の割合が女性を上回った。反対の理由としては「夫婦の実感」「子供の姓」「対外的な公示」など、賛成の理由としては「多様性」「手続の面倒・手間」「旧姓のメリット」などが比較的多く挙げられていた。

 国や大手新聞社の調査では、賛成の傾向が強まっている。18年2月、内閣府が公表した「家族の法制に関する世論調査」(17年11〜12月実施)では、「夫婦別姓を名乗れるようにすべき」が42・5%で、夫婦が同じ姓を名乗るべきで「法改正の必要はない」の29・3%を超えた。最近では、20年1月の朝日新聞社の全国世論調査で、選択的夫婦別姓について「賛成」が69%で「反対」の24%を大きく上回った。民意としては、賛成が多数を占めていることが分かる。

 ▽届かない民意

 ところが、この民意が政治には届かない。20年12月4日に政府が提出した第5次男女共同参画基本計画案では当初、選択的夫婦別姓制度について「国会において速やかに議論が進められることを期待しつつ、国会での議論の動向などを踏まえ、政府においても必要な対応を進める」としていた。与党自民党の賛成派は、菅義偉首相がかつて、導入に前向きな立場で議員活動をしていたことから、弾みをつけたいと考えていた。しかし、この動きに危機感を募らせた反対派は、当初の政府原案に対して「世論を誘導するような書き方だ」と批判。「夫婦の氏に関する問題については、子への影響や家族の一体感(きずな)に与える影響等も含めて、国民の各層の意見も踏まえる必要がある」などの文言を追加した。

 最終的には「選択的夫婦別姓」という文言も削除され「更なる検討を進める」という形になり、内容的にも大きく後退。最高裁判決や世論調査の結果など、選択的夫婦別姓制度に関するこれまでの経緯の記述まで削除させる徹底的な反対ぶりだった。賛成派の閣僚が「反対する理由は何もない」と言ったり、党内からも「党議拘束を外すことも選択肢だ」などの発言が相次いだりし、制度導入が現実味を帯び始めたことが、逆に、反対派の危機感を刺激したのかもしれない。

 しかし、なぜ、ここまでなりふり構わぬ抵抗をするのだろうか。反対派の議員は「日本は日本、外国は関係ない。堂々と日本としては守っていけばいい」「別姓になれば少子化がとまるのか」「家族の絆を保つことが難しくなる」などの主張を繰り返す。大きく影響を与えているのは、保守系団体の日本会議の存在だ。同団体は、安倍晋三前首相と関わりが深く、関連の国会議員懇談会には、反対派の議員をはじめ多くの保守系議員が名を連ねる。日本の古い伝統・文化・家族制度を守らないと、日本は滅びるという超国家主義的政治イデオロギーを信奉。反対派には、選択的夫婦別姓の導入が「アリの一穴」となり、同性婚など家族を巡る他の問題に波及していくことへの警戒感もにじむ。もはや、市民に身近な暮らしの問題ではなく、イデオロギーの問題ととらえているのだ。

 閣僚を含め、身内に少なからぬ賛成意見がある中、反対派の意見に耳を傾けざるをえない自民党内の事情もあるのではないか。女性も男性も、党内有力者は次の総裁選を睨んで、重鎮もいる反対派と無用な軋轢を起こしたくないのだろう。また、組織票がないなど、支持基盤の弱い国会議員は、高齢保守層の票が一番手堅く、選択的夫婦別姓など若者にしか受けない制度導入を積極的に支持しにくいと推察される。

 安倍一強内閣が長く続いたことも、民意への感度を鈍くしたと考える。国会で圧倒的多数を占めれば、自分たちと異なる意見を無視してよいと、周りをイエスマンで固めて、強引な政治手法を使った。これに対して、野党は、粘り強い政策論争や効果的な代替案を出せていなかった。結局、若い人や都市部の無党派層を含めて、国民の多くに、政治不信や政治離れを招き、国民の声や世論と乖離した政治がまかり通るようになってしまったのではないか。

 政治に期待できないなら、司法はどうだろうか。最高裁は15年12月、夫婦同姓を定める民法750条の規定は合理性、必要性を認め、憲法13条、14条、24条に違反しないと合憲判断を下していた。しかし、第二次夫婦別姓訴訟が提起され、3件の訴訟が最高裁に上告を認められた。そして20年12月、最高裁大法廷に回付されることが決まったのだ。国内外の情勢の変化により、5年前の最高裁判決が見直されるかどうかが注目されている。

 ▽世界で121位の日本

 19年12月、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数(男女格差)」の国別ランキングで、日本は153か国中121位。主要先進7か国(G7)で最低だった。この指数は、経済、政治、教育、健康の4つの分野のデータから作成され、0が完全不平等、1が完全平等を示しており、日本は総合0・652。健康では40位、教育では91位だったが、経済では115位、政治では144位に甘んじた。「女性活躍」と口では叫ぶものの、世界に相当な遅れをとってしまっている。

 特に、日本は女性リーダーの比率が低く、19年の参議院選挙での女性候補者は28・1%、17年の衆議院選挙は同17・8%。管理職率も、民間企業が19年に11・4%、国家公務員が20年に5・9%。小中学校長の女性比率も19年に15・4%にとどまっている。男女共同参画基本計画はこれまで、指導的地位に就く女性リーダー層の割合について「20年に30%程度」と明確な年限を定めていたのに、21年から25年度の計画は「20年代の早期に30%程度」と先送りできる定めに後退してしまった。

 先進諸国と比べて日本は、年配層を中心に、男性優位の発想が抜け切れておらず、男女共同参画や女性の活躍促進に対する取り組みは、進んでいないと言わざるを得ない。選択的夫婦別姓制度の導入は、その象徴でもある。もっと若い人たちの柔軟で現実的な考え方や姿勢を、社会のあらゆる場面でも積極的に生かすべきであろう。政治や経済の世界でも、男女共同参画や多様性を尊重する気風が育ってこないのは、若い人たちの政治参加や投票行動が低調であることも関係しているかもしれない。自民党をはじめ多くの政治家は、地方議員に至るまで、医療・年金・介護など高齢者施策には敏感であるが、夫婦別姓や同性婚、LGBT性的マイノリティーなどの問題について関心がとても低い。

 もっと若い人たちが、遠慮せず、政治的にも経済的にも社会的にも、はっきりと発言をしてくれれば、これからの日本も随分変わってくるのではないかと期待している。