2020年度の寄付総額が過去最高の6724億円を記録したふるさと納税。活況に沸く裏で「松阪牛」「神戸牛」とともに日本三大和牛に数えられる「近江牛」の返礼品化を巡り、滋賀県と最大生産地の同県近江八幡市が対立するお家騒動が起きていた。なぜ両者の溝は深まってしまったのか。取材すると、騒動の根幹にある人気ブランド牛がたどった紆余曲折と、制度がはらむ問題点が見えてきた。(共同通信=助川尭史、小林磨由子)

 ▽ひとり勝ち

 赤身の中に細かく脂が入る霜降りの度合いが多く、口の中でとろけると評される近江牛。生産者の岡山和弘さん(48)は「脂が甘く、かめばかむほど細かい脂が口の中で広がる」と味に自信を持つ。ステーキやしゃぶしゃぶだけでなく、バターやクリームのソースとも相性がよいとされ海外のレストランでも提供されている。

 生産農家の約40%が集まる近江八幡市は、14年からふるさと納税に力を入れ始め、市のPRや生産振興を目的として返礼品に近江牛を提供している。全国的に知名度のあるブランド牛の人気は高く、寄付者の約7割が返礼品に近江牛を選ぶ。

 一方、滋賀県全体では寄付額が伸び悩む市町が多い。20年度の寄付額は近江八幡市が約38億円と断トツのトップだが、2位の高島市は約6億3千万円、3位の東近江市は約5億7千万円と他市町との差は大きく、県内の4割の自治体は1億円未満に沈む。各市町のふるさと納税を促進しようと、県が活用に乗り出したのが「共通返礼品」の特例だ。

 共通返礼品とは何か。ふるさと納税は過度な返礼品競争の反省から、19年6月から返礼品を「地場産品」に限定する新制度に移行した。ただし、特産品の少ない自治体に配慮し、都道府県が「地域資源」と認定した品は、生産していない市町村でも認定区域であれば、共通の返礼品として扱えるようになった。

 県は今年4月「全体の寄付増にもつながり、生産農家の販路も増える」として近江牛を地域資源に認定し、県内の全市町が返礼品にできるようにした。だが近江八幡市はこれに猛反発。「県のルールでは、提供する肉の等級に基準がないため品質の悪いものが出回り、品質管理が徹底されずブランド価値が低下する可能性がある」と主張する市は合意がない認定だとして、総務相に自治紛争処理委員による審査を申し出た。

 ▽定義の広さ

 近江牛の歴史は三大和牛の中でも長く、1951年には日本初とされる牛肉の振興団体も設立された。しかし当時は肥育体制も整っておらず個々の生産者の努力に頼るのみ。ブランド牛が全国的に増える中で、競争力をつけるために「豊かな自然環境と水に恵まれた滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」と定義したのは2005年だった。

 生産区域や等級の定めが厳格な松阪牛や神戸牛と比べると、定義の範囲は広く、特徴が明確ではない。関係者からは「ブランド発信としては弱い」「見直しも必要ではないか」という意見が出たが、「厳しくすると困る人も出てくる」という声で見送ったいきさつがある。これが今回の対立の一因となった。

 定義を根拠に「近江牛は県全体の産品」と言い切る県に対し、近江八幡市は「うちが肥育頭数も牧場数も最多で、本場だ。品質維持にも多大な労力を掛けてきた」と譲らなかった。さらに「他の市町は、近江牛で得た寄付金を得たとしても、生産振興には充てない」と批判を展開した。市は、地域資源認定とする条件として、近江牛を共通返礼品とする場合は(1)提供自治体の地場産品と組み合わせる(2)肉質のよいA4、B4等級以上の肉とする、など7項目を県側に突きつけ、強硬な態度を崩さなかった。

 この間、インターネット上では「イメージダウンするだけ」などと対立を批判する書き込みも見られ、他の自治体からは「ブランド価値の低下を深刻に考えすぎだ」と近江八幡市の姿勢に疑問を呈する動きも出てきた。印象悪化を懸念した業界団体や生産者からも声が上がり、市は6月に自治紛争処理委員への審査申し出を取り下げると表明。地域資源認定の運用ルールに「A4、B4等級以上の肉を、調達先としてふさわしい市町の事業者から調達する」と追加することで県と合意した。

 近江八幡市の小西理市長は「合意により、一番心配していたブランド低下は防げると判断した」と説明。三日月大造知事は「(市には)地域資源の認定にご理解いただいた。品質管理を徹底し、近江牛ブランドに対する信頼の維持・向上に努めたい」とのコメントを出し、事態は収束した。

 騒動終結から約2カ月。近江八幡市に返礼品を提供する事業者は「出荷数に大きな変化はない」と話し「対立は何のプラスにもならない。早い段階で取り下げて良かった」と胸をなでおろした。滋賀県では10月の共通返礼品の運用開始に向けて準備が進み、現在までに七つの自治体が利用を表明している。県関係者は「(騒動になるほど)近江牛が滋賀県にとって大切なブランドだと、世間が良いように受け止めてくれると良いのだが…」とこぼした。

 近江牛を巡る一連の騒動を専門家はどう見たか。神戸大大学院の保田隆明教授(経営学)は「滋賀県内で生産された牛肉であれば近江牛と名乗れる現状で、地場産品として囲おうとした近江八幡市の主張には無理があった」と指摘する。その上で制度が抱える問題点として「今回のケースの近江八幡市のような、魅力的な特産品を持つ自治体が有利な構図は残っている。特定の品で集める寄付に制限を設けるなど、人気の返礼品に寄付が集中しない工夫も必要だろう」と話した。

 ▽独自ルールで配慮も

 総務省によると、現在までに地域資源認定を活用した共通返礼品は17府県で導入され、宮城県の「ふかひれ」や沖縄県の「オリオンビール」などさまざまだ。運用は都道府県に委ねられており、各地では自治体間の難しい調整が迫られている。

 例えば兵庫県。19年8月からブランド牛の「但馬牛」を全市町で返礼品として扱える地域資源に認定しており、都市部の尼崎市や芦屋市などが活用している。県は但馬牛を活用する自治体に対し、生産地名入りの証明書の同封や、但馬牛を題材にした課外授業の実施などのルールを課している。

 当初は以前から返礼品として但馬牛を扱っていた但馬地域の自治体を中心に「寄付が持って行かれる」と懸念の声が上がっていたが、結果的には生産自治体、共通返礼品を導入した自治体ともに寄付が増加する傾向にあるという。

 担当する兵庫県市町振興課の吉田卓司さんは「都市部の自治体に縁があっても、良い返礼品がないために寄付を見送っていた人に、選択肢を増やす効果があった。一方で、同じ牛肉をもらえるなら生産地で、という心理が働いた人も多いのではないか」と分析する。但馬牛を巡って、自治体間での大きなトラブルは起きていないが、「ふるさと納税は寄付の取り合いが前提の制度。産地でない品を扱う以上、ただ乗りするのではなく市町間の交流につながるような仕組みを目指している」と強調した。

 今回、滋賀県と近江八幡市の対立が表面化したことで、都道府県が地域資源の認定に及び腰になるのではと懸念が県外でもくすぶる。ある自治体の担当者は「共通返礼品は地場産業が乏しい自治体にとって頼みの綱だが、産地の自治体に配慮するあまり、認定が進んでいない。何も手を打たなければ、魅力的な返礼品を持つ自治体に寄付が集まるばかりだ」と嘆いた。

 好調を維持する裏で起きた返礼品を巡るトラブル。さまざまな矛盾や課題を抱え試行錯誤を続けるふるさと納税の行方に今後も注目したい。