選挙権は誰もが当たり前に持っているわけではない。日本で生まれ育ち、永住権も持っていても外国籍の人にはない。在日コリアン3世として大阪市生野区に生まれたシンガー・ソングライターの良元優作さん(44)は今年、日本国籍を取得し、10月の衆院選で生まれて初めて投票した。「本当に帰化しても良いんだろうか」との葛藤を抱え、それでも日本国籍を取得したのはなぜか。投票を終え、どんなことを感じたのか。(共同通信=禹誠美)

 ▽黙っていられない

 「毎日、毎日 段ボールにスリッパ詰め込んで 軽トラックに積み込んで 町中走るキムおじさん―」

 これは良元さんが生まれ育った生野区の街について歌った「キムおじさん」の歌詞。商店街や公設市場、長屋など昭和の懐かしい風景が目に浮かぶ。区は日本で一番在日コリアンが多い。

 

良元さんはこの曲の音源を無料でダウンロードできる企画を、自身のホームページで10月末の投票日当日まで展開した。米映画「アメリカン・ユートピア」でミュージシャンのデイビッド・バーンが投票を呼び掛けた場面に着想を得たという。

 「日本では音楽に政治を絡めるのはタブーな雰囲気がありますけど、この年になって社会や政治について考える中で『何か変わりたい』『黙っていられない状況だな』と思ったんです。『世の中を良くしていくには、まず自分が変わること。その手始めに投票に行こうと呼び掛けることや』と」

 ▽「なぜ帰化しないんだ」

 1977年、9人きょうだいの末っ子として生まれた。両親も日本生まれの在日2世で、ルーツは韓国・済州島にある。通っていた地元の公立小中学校は、生徒の半数以上が在日コリアンという環境。「自分がマイノリティーだと意識することは全くなかったですね。日本全国でも在日の方が多いとすら思っていましたよ」と笑う。

 中学生まで「梁優作」として過ごしたが、区外の高校に通う際、差別されないようにとの父親の意向で通名の「良元」を名乗るようになった。

 「キムおじさんは選挙権のないおっちゃんの歌です」。20年ほど前からシンガー・ソングライターとして活動するようになり、在日コリアンには選挙権がないという事実を知らない人が多いことに驚いた。良元さんが在日と知ると「なぜ帰化しないんだ」と迫る人や「おまえらが税金を払わないから、この町に地下鉄の駅ができないんだ」と、いわれのない暴言を吐く人もいた。

 

国籍法に基づく「帰化」という言葉は本来、朝廷の支配下に入ることを意味する。良元さんは便宜上使っているが、差別的な意味合いもあるため「好きではない」と話す。

 ▽ルーツ考えると、簡単には…

 結婚し、4人の子どもに恵まれた。幼なじみで同じ在日の妻からは何度か日本国籍を取得したいと言われた。「子どもたちには自分たちのルーツについてしっかり教えれば良い」と。しかし、その都度はぐらかした。なぜ生きているのか、なぜ自分の祖先は日本に来ることになったのか…。そういったことを考えるきっかけになったから、在日として生まれたことは良かったと考えている。

 父親からは「日本で生きていくには、必ず差別があるから資格を取らなあかん。人の3倍仕事しろ」と日本社会で生きていく厳しさを教わった。「自分のルーツを考えると、本当に帰化して良いのか。在日1世や2世の苦労を考えると、そう簡単に帰化していいと思えなかった。今もその気持ちは変わらないです」

 だが、2010年頃から在日コリアンに対するヘイトスピーチが飛び交うようになった。生野区の鶴橋では「在日特権を許さない市民の会(在特会)」が街宣活動し、「朝鮮人を殺せ」と拡声器で連呼。国内も排外主義的な雰囲気に包まれた。子どもたちがヘイトスピーチにさらされたらと、恐怖を感じるようになった。

 ▽深く考えなくていい

 転機は、仕事で世話になった日本人女性の一言だった。「国籍なんて深く考えなくていいんですよ」。インドネシア人男性と結婚した女性の言葉には説得力があった。「そうか、苦しく考えなくてええんや」。肩の荷が軽くなり、2年ほど前に日本国籍取得を決めた。

 ただ、申請には膨大な時間と労力を要した。必要な書類がそろうまで1年以上。韓国領事館、市役所、区役所、府税事務所、市税事務所…。いくつもの公的機関に何度も足を運んだ。法務局の面接を経て今年6月、ようやく取得できた。  「区役所に書類1枚提出すれば帰化できると思っている人がいますけど、そんな簡単なもんやない。法務局で片言の日本語しか話せない外国人が申請するのを目にして『この人たちと同じ扱いなんや』と思った。葛藤もあった」と話す。

 それまで、子どもたちに自分たちのルーツについてきちんと伝えることはなかった。在日であることをクラスメートに明かしたら、いじめられるかもしれないからだ。「子どもは残酷ですからね」。日本国籍を取得後、初めて丁寧に説明した。

 やっと、選挙で投票できる「参政権」を得た。

 ▽最高裁が認めても、国会が認めない

 政治に参加する権利である参政権には、国会議員を選ぶ国政参政権と自治体の首長や議員を選ぶ地方参政権がある。

 外国人に参政権を認めるべきかどうかは90年代に議論が盛り上がり、最高裁は95年、在日コリアンが求めた訴訟の判決で、参政権は日本国籍を持つ国民に限られるとする一方、「永住外国人への地方選挙権付与は憲法で禁じられていない」と判断した。

 98年には野党の民主党と新党平和が永住外国人に地方参政権を認める法案を共同で初提出。99年には自民、自由、公明の与党3党が連立政権合意書に盛り込んだが、自民党内で激しい抵抗に遭い、頓挫した。09年に与党となった民主党政権も法案成立を目指したが、実現しなかった。

 法務省によると、昨年末時点で在留外国人約289万人のうち、在日コリアンら「特別永住者」は約30万人。日本国籍を取得する人の増加などで年々減少の一途をたどっている。

▽仲間はずれ

 良元さんは10月31日の投票日当日、妻と一番下の息子を連れて投票所に向かった。「こんなに人がおんねや。自筆で書くんや」。投票に来た数十人の列、投票用紙への記入…何もかも新鮮だった。あらかじめ投票先は決めていたが、いざ投票するとなると悩んだ。息子が政党名の一部を大声で読み上げてしまうハプニングもあったが、無事に済ませた後、家族全員で外食した。

 「SNS上では盛り上がっているように感じたけど、ふたを開けてみたら投票率は低かったですね。(音源ダウンロードの)企画は失敗でした」と笑う。

 選挙権を得る前と後で政治や社会に対する見方は変わらない。ただ、何よりも感じたことがある。「在日はこれだけ大事なことも『よされていない(仲間はずれの)』人間なんや」。両親や自分のきょうだいの何人かは韓国籍のまま。家族が取り残されているような気がする。投票を終え、悔しく、悲しい気持ちが少し残った。