ロシアによるウクライナ侵攻を受け、自民党や野党の一部から、憲法改正を主張する声が高まっている。有事の際に自国を守るのは当然だが、そのために「不磨の大典」と呼ばれる憲法に手を加えることは不可欠なのだろうか。論客2人に現状への見方や提言を聞くと、辛辣な意見が返ってきた。(共同通信=岩橋拓郎、草加裕亮)

 ▽強まる加憲論

 まず、憲法改正を巡る現状を見てみよう。憲法の中でも、平和主義を規定した9条の扱いが争点になることが大半だ。9条は1項で戦争放棄、2項で戦力不保持と国の交戦権否定を定めている。自民党は2012年、2項を全面改定した憲法改正草案を策定し、「国防軍」の保持を明文化した。2017年には、当時の安倍晋三首相が1、2項を残しつつ自衛隊を明記する改憲案を提起。国論を二分する議論に発展した。

 保守派の作家・評論家古谷経衡さんによると、保守派の改憲論議では2項の削除ないし改定論が伝統的に支持されてきた。最近では、自衛隊の存在を追加するとの安倍氏のいわゆる加憲論が主流になりつつあるという。「9条全てを書き換えたいというのが保守派の本音ですが、他党との関係を考慮し、現実的には安倍氏の主張が受け入れられてきています」と解説する。

 自民党以外の政党はどうか。

 改憲に真っ向から反対しているのが共産党だ。安倍氏の主張について「戦力不保持・交戦権否認の9条の規定を死文化させ、自衛隊が海外の戦争に公然と出かけることを可能にします」と批判し、「『戦争する国』づくりへの危険な企て」と危機感をあらわにしている。

 日本維新の会は改憲の立場。教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所設置の3点に絞り込み、憲法改正原案を取りまとめている。

 立憲民主党は「護憲と改憲の二元論とは異なる『立憲的憲法論議』」を掲げ、憲法論議を進める意向を示しているが、自衛隊明記については反対している。

 ▽便乗

 古谷さんの目には、ロシアのウクライナ侵攻後、改憲派が勢いづいているように映っている。

 

 実際、安倍氏は4月17日の講演で、憲法9条への自衛隊明記の必要性を改めて訴えている。自国防衛のためロシア軍と戦うウクライナの人々を引き合いに「戦い抜く人たちには誇りが必要だ。自衛隊の違憲論争に終止符を打つ」と述べ、改憲論議の進展に強い意欲をにじませた。14日の衆院憲法審査会では、自民党議員が「ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして、憲法9条も議論するのが極めて重要だ」と発言した。

 ただ、古谷さんはこうした動きをウクライナ情勢への「便乗」と切り捨てる。安倍氏が2020年9月に首相の職を辞し、続く菅義偉政権では新型コロナウイルス禍への対応で改憲論議は下火になった。岸田文雄首相も、改憲への意欲は必ずしも高くないとされる。

 古谷さんは「安倍さんの時に高まった改憲の機運がどんどん薄くなっていく。右派は危機感を持っていたでしょう。そこに来たウクライナ侵攻ですから、改憲に向けての便乗以外の何物でもないですよ」との見方を示す。

 ▽引っ越し貧乏

 活発化しているかに見える憲法改正に向けた動き。古谷さんは「ウクライナ情勢にかこつけて9条を変えると言いますが、現行の憲法を変えなくても日本の防衛がそんなにまずくなるとは思えない。やるべきことはもっとたくさんあるのではないか」と問題提起する。

 「たとえば」と、ある元海上自衛官に触れた。

 「彼は防衛大学校を卒業した幹部だったんです。イージス艦にも乗船したことのあるエリートです。それなのに、以前は転勤に伴って生じる引っ越し代のほぼ全額を自己負担しなければならず、転勤するたびに貯金がなくなっていった。趣味で転勤しているわけではない。国に尽くしているんです。家族もいるため、経済的にきつすぎるとのことでもう辞めてしまいました」

 2020年夏から引っ越し代は実費支給に変更されたが、古谷さんは自衛官の官舎の老朽化などを挙げ、待遇改善の余地はまだ多いと指摘。「福利厚生が不十分だと自衛官のなり手は減り、幹部も現場組もいなくなってしまう。こうした現状を知ると、9条改正にはリアリズムを感じない」と強調する。

 「自衛を達成するためには(憲法の)言葉を変えるのではなく、防衛費を増額した方が現実的です。9条をいじろうがいじるまいが、防衛装備品がないと防衛は無理なので。災害派遣もありますから、自衛隊の定員を増やすということでもいいと思うんです」

 ロシアのウクライナ侵攻には自身もショックを受けた。「好意的に受け止めれば、憲法はこのままでいいのかと思うのは反射としては分からないでもない」と前置きした上で、「9条を変えれば日本が強くなるというのは空理空論でしょう」と一蹴する。

 「まず現行憲法内でできる装備品の調達、それから自衛隊員の福利厚生の充実。こういうことをきちんとやらないと、いくら9条を変えて『軍隊を持ちます、交戦権があります』と言っても無意味だと思います」

 ▽お花畑で夢想する人たち

 

 日本総合研究所の藻谷浩介主席研究員は「ウクライナが平和憲法を持っていたから侵略されたのか。憲法に戦争を辞さないと明記すれば侵略されなかったのか。そういうことではないでしょう」と語る。憲法を改正すれば国を守れると主張する人たちを「お花畑で夢想する人たちのようだ」と表現し、「言霊信仰」に陥っていると指摘した。

 憲法は自国の政府権力を縛るものであって、外国をけん制するものではない。にもかかわらず、憲法の文言をいじれば安全が増すと感じるのは「必殺技を繰り出す前にいちいち技の名前を叫ぶと威力が増すという漫画と同じ発想」と喝破。戦争から得られるメリットは何もないとし、「リアリズムに徹したら護憲以外に選択肢はないでしょう」と明言した。

 ▽「言霊信者をやめよう」

 藻谷さんは「自衛力は黙って粛々と整備すべきです。改憲すれば侵略的意図を持っているとねじ込まれ、周辺国が軍備拡張に走るリスクが高くなる」とも説明。「たとえば、従来お互い仮想敵関係になかった韓国が半分仮想敵になる可能性がある。それは国力損耗につながります。対馬海峡に防衛線を引かなくていいから、それだけでずいぶん防衛費の面で助かっている」と分析する。

 とはいえ、日本に侵略的意図がないとしても、ロシアのように「普通に暮らしているところに突然やってきて、ミサイルを撃ち込み殺害するテロ行為」(藻谷さん)に手を染めた国もある。日本はどう自国を守ればいいのか。

 「攻められたときには正当防衛するしかありませんが、まず因縁をつけられないようにする。因縁をつけられる口実を一つでも少なくしておく」。脅威を増す中国やロシア、北朝鮮への対応策として「彼ら以外の東アジアの国や地域とけんかしないこと。特に韓国や台湾と仲たがいすることは、『夷(い)を以て夷を制す』(他国同士を争わせ自国の利益と安全を図ろうとする)ことを狙う中国の思うつぼです」と述べた。

 「改憲で先制攻撃を可能にすべきだ」という声もある。それに対し、藻谷さんは「全ての侵略は自衛の名目で行われるからこそ、先制攻撃を禁じる9条がある。ナチス・ドイツの指導者ヒトラーも大日本帝国も、自衛と称した先制攻撃の末に滅びた」と解説。「イラクで死んだ米兵もウクライナで死ぬロシア兵も、米ロが9条を持たないゆえの犠牲者。自衛の名で侵略する権限を、時の権力者に与えないという憲法の知恵は深く尊い」と評価した。

 「ウクライナが憲法を変えたらロシアが恐れ入るのか。そんなことはなく、ウクライナでは改憲は議論のギの字にもなっていない。こんな議論が起きるのは日本だけ。もう言霊信者をやめよう」