男性用のトイレにサニタリーボックス(汚物入れ)を設置しました―。こんな張り紙を見たら、あなたはどう感じますか。私(女性)はこんな疑問が浮かんだ。「そもそも男性トイレの個室にサニタリーボックスはないの?」。男性は生理用品を使わないから置いていなかったということだろうか。そう思ったら次の疑問が浮かんだ。「では、なぜ設置するの?」。取材してみると、なかなか相談できず、外出先でトイレに行った際に苦労している男性たちの姿が浮かび上がった。前立腺がんやぼうこうがんの患者らが、尿漏れパッドの捨て場に困っている。悩みをくみ取り、自治体や民間企業の男性トイレに設置する動きが広がりつつある。(共同通信=米良治子)

 ▽羞恥心

 きっかけは、「日本骨髄バンク」(東京)の設立に尽力し、評議員を務める大谷貴子さん(60)=埼玉県加須市=が昨年6月、交流サイト(SNS)で男性トイレへのサニタリーボックス設置を呼びかけたこと。患者らとの会合など、ことあるごとに必要性を訴えた。
 

 知人から「ぼうこうがんの手術の影響で尿漏れパッドを使うようになった人がトイレに行った際、捨てる場所に困っている」と聞いたことが背景にある。大谷さんが周囲に聞くと「実は自分も」と打ち明ける男性が相次いだ。羞恥心からか、仕方ないと我慢しているからか、声を上げられない男性があまりに多いと思った。今年1月には地元の新聞社に寄稿して「当事者となって困る前に皆で声を上げませんか」と投げかけた。
 国立がん研究センターの統計(2018年の診断)によると、男性特有の臓器である前立腺のがんの患者は9万2021人、ぼうこうがんの男性患者は1万7555人いる。手術の影響で頻尿や尿漏れの症状が起こるため、パッドを利用する患者は少なくない。患者でなくても、高齢になって排尿のコントロールが難しくなり、パッドを使う人もいる。
 尿漏れパッドの生産量は介護用、女性用も合わせて年間約67億枚に上る。年1億〜2億枚のペースで増加している。トイレで交換した後、捨てる場所に困っている男性が多くいる可能性がある。トイレに流そうとして詰まらせる恐れもある。

 ▽2%

 昨年6月のさいたま市議会。大谷さんの訴えを知った女性市会議員が問題を提起した。これを受け、市が7月までに全20政令市に男性トイレでのサニタリーボックスの設置状況を尋ねたところ、設置している市はなかった。
 さいたま市は所有する施設について調査し、12月に結果を公表した。333施設のうち男性トイレにサニタリーボックスを置いていたのはわずか2%、8施設だけだった。この中には、使用済みパッドの放置やトイレの詰まりがあったことを設置理由に挙げた施設もあった。
 市は調査結果を踏まえ、動いた。今年4月上旬までに、市内の全10区役所についてそれぞれ男性トイレの個室の一部に設置した。用途が分かるよう、ふたには「サニタリーボックス」というシールを貼った。体育館や文化施設にも広げる方針だ。

 大谷さんの訴えや、それを知った各地の地方議員の働きかけなどにより、埼玉県の加須市・八潮市・深谷市、愛知県日進市、三重県伊勢市、福岡県古賀市も、市庁舎や施設の男性トイレに置くようになった。

 ▽女性スタッフの提案

 自動車販売店「トヨタモビリティ東京」の勝島店(東京都品川区)は3月下旬から、男性トイレにサニタリーボックスを設けている。ネットニュースで問題を知った女性スタッフが提案した。
 店の周辺に物流会社の倉庫などが多いことから、同じ自動車業界で働く仲間を支援しようと「お客さまだけでなく、タクシー乗務員さんや輸送会社のドライバーさんで不自由されている方にご利用いただきたい」と張り出している。
 勝島店内の女性トイレにサービスの一環として無料の生理用ナプキンを配備するのと同じ発想で、男性トイレに尿漏れパッドを置いている。着実に数が減っており、実際に利用している人がいることが分かった。
 トヨタモビリティ東京は、勝島店を含む14店舗で順次設置を進める。女性スタッフは「社会的に広がっていけばいいと思う」と話す。

 ▽ポケットに忍ばせて

 前立腺がんの手術後、尿漏れパッドが手放せない埼玉県加須市の男性(63)は「良かった。言い出せずに悩んでいた人は多いのではないか」と、自治体などの動きを歓迎する。
 手術を受けたのは2020年秋。後遺症によってくしゃみなどで尿漏れが起こりやすくなった。
 退院したばかりのころ、友人と居酒屋に行った。お酒のせいもあって友人の話が長くなり、トイレに立てずに尿漏れしてしまった。トイレに行って新しいパッドに交換したものの、サニタリーボックスはなく、やむを得ずそのままズボンのポケットに忍ばせて席に戻るしかなかった。

 トイレに関する社会課題の解決を目指す「日本トイレ協会」(東京)の砂岡豊彦事務局長(67)も「汚れたパッドをかばんに入れて持ち歩いた経験がある」と話す。
 50代のころ、歩く際などに股関節に痛みが生じる持病で座薬を使っていた。薬の量が増えると漏れ出して下着やスーツを汚すようになったため、パッドを利用。1日に数回交換する必要があった。会社や外出先で捨てる場所はなかった。

 ▽弱者の意見反映を

 日本トイレ協会は毎月、清掃業者や設計事務所など、トイレに関わる事業者らと定例のセミナーを開催している。大谷さんの呼びかけを知り、今年2月には「男子トイレにサニタリーボックスが必要ではないか」というテーマで話し合った。
 事前に一般の人を含めて行ったネットアンケートには、尿漏れパッドのほか、おむつや人工肛門に付けるパウチの捨て場所に悩んでいるとの意見が寄せられた。サニタリーボックスがない場合の処理方法は、トイレや施設内のゴミ箱に捨てるか、持ち帰るという人がほとんど。個室に放置したり、便器に流したりしたと答えた男性もいた。
 砂岡さんは「トイレが健常者の目線で作られており、弱者の意見が反映されてこなかった」と指摘。高齢化で尿漏れパッドやおむつをしながら外出する人は今後も増加が予想され「改善に向けて議論していく必要がある」と語った。