大阪府と大阪市が計画している統合型リゾート施設(IR)の誘致事業を巡り、市民団体が是非を問う住民投票の実施を求めている。近く、吉村洋文府知事に対し住民投票条例の制定を請求する予定だ。これまでに約21万人分の賛同署名を集めたが、投票実施には府議会の議決という高いハードルがある。大阪のIR計画を巡っては国政でも野党の反対運動が活発化し、推進する自民党内には不協和音も。果たして住民投票は実施されるのか。そして「関西経済の起爆剤」とされる計画の行方は―。(共同通信=三村泰揮、山本大樹)

 ▽法定数はクリア、大阪維新の会の対応が鍵に

 住民投票の実施を求めているのは「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」。3月下旬から2カ月にわたり府内全域で署名活動を展開した。
 有権者が条例の制定や改正、廃止を求める手続きは「直接請求」と呼ばれ、地方自治法の規定で有権者の50分の1の有効署名が必要だ。大阪府内の有権者は約730万人なので、直接請求に必要な署名は約14万6千筆ということになる。府内各市区町村の選挙管理委員会の集計では、「もとめる会」が集めた約21万筆のうち少なくとも約19万筆が有効と判断され、法定数を上回ることが確実となった。

 「もとめる会」は月内にも、署名簿とともに条例制定の請求書を府に提出する方針だ。吉村知事は請求を受理した日から20日以内に府議会を招集し、意見を付けて条例案を提出しなければならない。
 吉村氏はIR誘致を目玉政策としてきた大阪維新の会の代表でもあり、当然ながらIR推進の立場だ。記者団の取材に「(IR誘致に)反対する方の意見を聴くことも重要で、依存症対策などの課題には向き合いたい」としつつも、「住民投票をする必要はない」と断言している。条例案には投票実施に反対する意見を付ける見通しだ。

 府議会では過半数の議席を持つ大阪維新の会の反対により、条例案は否決される公算が大きいとみられている。市民団体の幹部は2020年に実施された「大阪都構想」を巡る住民投票の際、大阪維新の会が繰り返した「住民投票は究極の民主主義」という言葉を持ち出し「都構想もそうだったが、IRについても民意は割れている。究極の民主主義で決着をつけるべきじゃないのか」と訴える。
 住民投票に詳しい長野県立大の野口暢子講師(市民参加論)は「有権者は通常の選挙では一つの論点で投票先を選んでいるわけではない。これに対し住民投票は個別テーマで意思を示せる大切な手段だ」と指摘。大阪のIR計画について「賛成派と反対派で論争があるのだから、住民投票で有権者の納得を得た上で政策を進めるべきだ」と話す。

 ▽コロナ禍で一変、脱落相次いだ「誘致レース」

 IR計画の根拠となるIR整備法が制定されたのは2018年7月。当時は大阪でも海外からの旅行客が急増し、インバウンド(訪日客)需要をさらに喚起する施策としてIR誘致に対する期待の声も大きかった。だが新型コロナウイルス禍で社会・経済環境が大きく変化し、状況は一変した。

 水際対策で訪日客は大幅に減少。大阪IRの概要をまとめた「区域整備計画」では年間の売り上げ見込み額を5千億円規模としているが、運営事業者の一翼を担うオリックスの井上亮社長は昨年11月の決算説明会で「計画は大阪府と市が作成したもので、(見込み額は)仮置きだ」と明言した。さらに「元々はインバウンドも勘案していたが、今は日本人客だけでどれだけ回るかという前提でプランを作っている」と慎重な姿勢を示した。
 国内の機運も盛り上がりに欠ける。2019年に国土交通省が実施した自治体調査では、大阪府と大阪市のほか、北海道、東京都、千葉市、横浜市、名古屋市、和歌山県、長崎県の計9自治体、8地域がIR誘致に意欲を示していた。一方でカジノ利用者のギャンブル依存症や大規模事業の継続性を不安視する声も根強く、19年11月に誘致を断念した北海道を皮切りに一つ、また一つと有力都市が姿を消した。
 昨年8月の横浜市長選ではIR反対を掲げた山中竹春氏が当選し、誘致方針を撤回。和歌山県は区域整備計画を取りまとめるところまでこぎ着けたが、今年4月の県議会で計画の承認議案が否決され、あと一歩のところで脱落した。結局、国が定めた期限内に区域整備計画を申請できたのは大阪府・大阪市と長崎県の2地域だけだった。
 IR整備法は、国内で最大3カ所にIR施設を整備するとしている。国は大阪と長崎の計画について「有識者委員会で慎重かつ十分な審査をする」(斉藤鉄夫国交相)方針だが、大阪府や大阪市の関係者の多くは国の計画認定をほぼ確実視している。

 ▽課題山積、統一地方選の争点にも

 国の“お墨付き”が得られた場合でも、大阪ではなお論争が続きそうだ。建設予定地の人工島・夢洲では土壌汚染が発覚し、対策費約790億円を市が負担することになった。これまで大阪維新の会が「IRは民設民営で、公がお金を出すものではない」(吉村知事)と説明してきたことと矛盾するとして、反対派は新たな公費負担に批判を強めている。

 集まった署名数も無視できない。国はIRの立地自治体に対して「地域における十分な合意形成」を求めている。大阪府と大阪市が実施した住民向けの公聴会ではギャンブル依存症対策などに懸念の声が相次いだ。「もとめる会」の関係者は、住民投票が実施されない場合でも署名数を根拠に「住民の合意が不十分だ」と主張する考えだ。IR事業を所管する観光庁に異議申し立てをすることも示唆する。反対派の府議も「20万の大台に乗せた意義は大きい。選挙などで府民へのアピールとして使いやすくなった」と話す。

 国政レベルでも大阪IRに反対する政党の動きは活発だ。立憲民主党は先の参院選公約にIR整備法の廃止を盛り込み、党内に「カジノ問題対策本部」を設置。顧問に就任した菅直人元首相は「土壌汚染対策など大きな金がかかるばかりで、カジノ誘致は問題を起こすだけだ」と批判を強める。6月には大阪の区域整備計画を承認しないよう国交省に申し入れた。共産党は一貫してIRに反対しており、参院選でも大阪選挙区の公認候補だった辰巳孝太郎元参院議員が「大阪をギャンブルの街にさせない。大阪のカジノ計画をストップさせてください」と気を吐いた。
 安倍晋三、菅義偉両政権下でIR政策を推進してきた自民党内も一枚岩ではない。大阪維新の会と対峙する自民大阪府連の中には否定的な意見が根強くある。6月20日に発足した反対派団体には、自民府連所属の川嶋広稔大阪市議も呼びかけ人として名を連ねた。川嶋氏は記者会見で「計画には大きな問題があり、これを認めることは将来に大きな禍根を残す。大阪の成長をIRに託すべきではない」と訴えた。

 来春の統一地方選では大阪府知事選や大阪市長選も実施される見通しだ。深まる賛成派と反対派の対立が統一選まで持ち越されれば、IR計画が主要な争点として浮上する可能性がある。