【汐留鉄道俱楽部】国土交通省の有識者検討会が7月25日、経営が厳しい地方の鉄道路線の存続策やバス転換などを検討するように促す提言をまとめた。中でも新型コロナウイルス禍による観光客の落ち込みや沿線地域の過疎化に直面しているJR北海道は2021年度の線区別収支が21線区全てで赤字を出し、790億円の営業損失を計上した。利用者数が低迷しているローカル線の存廃を検討する事態は避けられそうにない。

 そんな北海道より面積が大きいカナダのニューファンドランド島では、1988年に鉄道路線が全廃された。かつてどのような列車が走り、なぜ消滅してしまったのかを探るべく南東部の中心都市セントジョンズにある石造りの立派な駅舎跡の建物に入る博物館「レールウェイ・コースタル・ミュージアム」を訪れた。入場料は大人8カナダドル(約840円)だ。
 1583年に英国初の海外植民地となったニューファンドランド島では、1881年に鉄道建設が開始。建設主体が資金難から破産に追い込まれるなどの紆余曲折を経て、セントジョンズから島南西部のポルトーバスクまでの東西883キロを結ぶ本線が98年に完成した。
 鉄道の開業後は旅客列車や貨物列車が走って島の産業発展に寄与し「内陸部の鉱業や林業の開発でも大きな役割を果たした」という。支線も造られてピーク時には総延長1458キロと東京―鹿児島中央間の営業キロに相当する路線を抱え、JR在来線と同じ路線幅1067ミリの狭軌としては「北米最長を誇っていた」と説明を受けた。

 博物館では、本線を走っていた蒸気機関車(SL)が引く夜行急行列車の車内も再現していて興味深い。寝台車は2段式のベッドになっており、下は日中の座席を引き伸ばし、上は収納式になっている。計24席の食堂車は各テーブルに窓を設けて車窓を楽しめるように工夫し、朝食はオムレツやハム、昼食は島の特産品となっているタラや、羊肉、夕食はウミマスやステーキなどを味わえたという。
 座席を設けた客車はクロスシートが1両当たり最大50席並び、車内にトランプで遊ぶ光景が繰り広げられていたという。ポルトーバスクではカナダ東部ノバスコシア州ノースシドニーと結ぶ旅客船が発着し、セントジョンズと結ぶ鉄道と乗り継ぐ利用者が多くいた。ほかにマス釣りに出かける旅客向けの特別列車も走らせ「良い釣り場まで割安な運賃で利用することができた」という。
 そうした営業努力を重ねたものの鉄道は慢性的な赤字体質が続き、第2次世界大戦後の1949年にニューファンドランド島がカナダ連邦に加わると、カナディアン・ナショナル鉄道(CN)に移管された。SLを置き換えるために53年以降にディーゼル機関車53両が順次導入され、中心となった「900クラス」は最高出力1200馬力のエンジンが力強い走りを見せた。博物館の脇には900クラスが郵便を運んでいた車両、客車と連結して展示されており、往年の列車を再現している。
 だが、島内ではセントジョンズ国際空港や北西部のディアレイク地域空港などが整備されたことで航空便に多くの顧客が流出。「カナダ大陸横断高速道路」の一部となる島内を東西に結ぶ区間も開通し、65年の島内の自動車台数は約8万7千台まで膨らんだ。

 競争力を失った旅客列車は69年に運行を終了。貨物列車は走り続けたものの、トラック輸送などを相手に苦戦が続いていて赤字体質は変わらなかった。83年と84年に支線が廃止され、本線も88年に運行を終えて90年の鉄路の歴史に終止符を打った。
 そんなニューファンドランド島の鉄道の歴史は、同じく航空とモータリゼーションを相手に苦戦しているJR北海道の姿と重なる。ただ、ニューファンドランド島と隣接するラブラドール地区でつくるニューファンドランド・ラブラドール州の人口は約52万人にとどまる。うち約27万人はセントジョンズがある島南東部のアバロン半島に集中し、半島内は車で容易に移動できるため残念ながら鉄道は生き残る道が閉ざされてしまった。
 これに対し、北海道は2021年時点で約538万人おり、ニューファンドランド・ラブラドール州の10倍超だ。中心の札幌市以外にも網走市や釧路市、根室市などの観光資源が豊富な都市が分散しており、外国人から「北海道に観光で訪れたい」という声を聞く。
 もちろんJR北海道のローカル線を取り巻く環境が厳しいのはよく分かる。それでも新型コロナ禍後の外国人旅行者の回復で鉄道が重要な足になることをにらみ、何とか歯を食いしばって存続できることを期待したい。

 ☆大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社ワシントン支局次長。カナダ本土を走る旅客鉄道、VIA鉄道の夜行列車は観光客に大人気で、寝台車は予約を取るのも難しいほどです。