小学校就学前の子どものうち、保育園や幼稚園などに通っていない子どもは「無園児」と呼ばれる。子育て支援団体が提唱した言葉だ。親は行政の支援を受けられず孤独に陥り、精神的に追い込まれて虐待のリスクも高まると言われている。「親が世話をするのが当たり前」といった考えが社会に根強く、国は無園児家庭を長年放置してきた。2023年4月の「こども家庭庁」発足をきっかけに、支援に向けた動きがようやく本格化する。(共同通信=沢田和樹、田中明子)

 ▽壮絶な育児で意識もうろう、熱湯がかかっても気付かず

 東京都の高浜沙紀さん(30)は「何かのタイミングが1秒でもずれていたら、私が虐待死事件の母親になっていた」と振り返る。子どもが保育園に通えず、無園児だった日々のことだ。 2016年に長女を出産した。当時、住んでいた区は待機児童が多い保育所激戦区だった。希望した保育園は全て落選。勤務先からは遠回しに育児休業を取らないよう言われ、退職を余儀なくされた。

 保育士の数などが国の基準を満たした認可保育園に入るには、保護者の仕事や病気といった「保育の必要性」が認められなければならない。市区町村が細かく点数化しており、点数の高い人の入園が優先される。保護者の就労時間が長いほど点数は高くなるものの、激戦区では当時、高浜さんのように夫婦でフルタイム勤務でも入園できないことがあった。

 高浜さんは2018年に双子を出産した。双子の入園を望む場合に点数が上がる区に引っ越し、在宅でフリーランスの仕事も始めた。それでも受け入れ先はなかなか見つからなかった。

 3人の育児は壮絶だった。睡眠は細切れに1、2時間。1人が泣きやむと他の子どもが泣き出し、夫と4日間徹夜したこともある。意識がもうろうとし、ミルクを作る熱湯が自分の手にかかっても気付かなかった。

 民間サービスを頼ろうにも、3人をベビーシッターに見てもらうには費用が高い。育児援助を受けたい人と援助する人をつなぐ区の「ファミリー・サポート・センター事業」を利用しようとしたら「双子は預かったことがない」と断られた。 泣き続けるわが子に殺意に近い思いを抱き、お尻をたたいてしまったこともある。一方で「私の頑張りや愛情が足りないのでは」と自分を責めた。子育てが出口のないトンネルのように感じ、毎日、朝が来るのが怖かった。

 ▽「救ってくれたのは保育園だった」

 2018年10月、区の保健師から様子をうかがう電話があった。高浜さんはとっさに「元気です」と取り繕ったが、こらえ切れずに涙があふれた。「家族が崩壊してしまう」と声を絞り出すと、保健師から医療機関の受診を勧められた。そう状態とうつ状態を繰り返す「双極性障害」と診断された。

 2019年2月、区から封書が届いた。3人の入園を認める通知だった。何度も本当か確かめ、力が抜けてその場に座り込んだ。長女の出産から2年余り。「誰かに頼っていいよ」「頑張ったね」と認められた気がした。

 高浜さんは、保育園に入った子どもについて「いろいろな感情や言葉を知り、ぐんぐん成長している」と話す。入園できなかった時期は「3歳までは親が見ないとかわいそう」という考えが頭をよぎり、助けを求めることを甘えと捉えていた。同じように苦しむ親に向けて「自分を認めてあげてほしい。そうすれば、自然と誰かに助けを求められるようになる」とアドバイスを送る。

 高浜さんは、親が働いていなくても、病気でなくても、必要な人の助けになる保育園であることを願う。「わが家を救ってくれたのは間違いなく保育園。必要とする家庭に開かれた場所であってほしい」と話した。

 ▽無園児の親の43%が孤独を感じると回答

 厚生労働省は2月、保育所や幼稚園、認定こども園に通っていない0〜5歳児が全国で約182万人(2019年度)に上るとの推計を発表した。この数には認可外保育所などを使う子どもが含まれており、全く施設に通っていない無園児の数は分かっていない。

 無園児といっても、状況はさまざまだ。小中学校と違い、保育園などに通わせるかどうかは保護者の判断になる。子どもとの長時間の関わりを重視して家庭で育てることを選んだり、施設以外の交流の場を持っていたりする家庭もある。

 問題なのは、望んでも保育園などのサービスにつながれず、孤立するケースだ。こども家庭庁の設立準備室によると、(1)就労要件などに阻まれて保育園に入れない(2)障害がある子どもや医療的ケア児が受け入れを拒否される(3)外国籍で入園手続きが分からない(4)経済的困窮―などの理由で通いたくても通えない場合がある。

 厚労省の検討会が2021年にまとめた報告書は、核家族化や地域のつながりの希薄化により「保育園などを利用していない家庭が孤立し『孤育て』を強いられている」と指摘した。その上で、孤立が虐待につながる懸念があり、思い悩む保護者への支援が「必要不可欠」だと強調した。

 認定NPO法人フローレンス(東京)のインターネット調査では、無園児の保護者は43・8%が「子育て中に孤独を感じる」と答え、保育園などに通う保護者よりも10ポイント以上高かった。無園児の保護者のうち保育園などを定期的に利用したいとの回答は56・4%に上った。

 「無園児」の名付け親と言われるフローレンスの駒崎弘樹会長は6月の記者会見で「週1日、2日でも保育園を利用できれば家庭内のリスクや異変に気付くことができ、早期支援につなげられる」と話した。加えて、地域によっては少子化で保育園の空き定員が増えていると指摘し、今こそ希望する全ての親子が利用できる「みんなの保育園」が必要だと訴えた。

 子どもにとって保育園は、集団で遊ぶことで社会性を身に付け、大人と接して他人への信頼感が生まれる良さがある。

 保育政策に詳しい汐見稔幸東大名誉教授(教育人間学)も「保育園を社会インフラにし、全ての希望する人に利用する権利を認めるべきだ」と主張する。働く親が毎日子どもを預ける場所という認識を変え、働いていなくても「午前中だけ」「週に数日」といった使い方ができれば、親が保育士に相談したり、気分転換したりできると提案した。

 ▽政府は無園児対策を目玉政策にする方針

 国の現状はどうか。保育園は厚労省、幼稚園は文部科学省などと担当が分かれている。政府関係者によると、施設に通わない子どもは縦割り行政のはざまに落ち「無視されてきた存在」だった。

 政府は、支援からこぼれ落ちる子どもがいることを認め、こども家庭庁の政策に関する基本方針で「就学前の全ての子どもの育ちの保障を担う」とうたった。無園児への支援強化を目玉政策とする方針で、調査に乗り出している。

 具体的には、先進的な自治体や民間団体への聞き取りを進め、家庭訪問や困り事の把握をどのように行っていくかを検討する。また、保育園の空き定員を活用し、無園児を預かる事業を一部の自治体で始める。親が専業主婦でも必要に応じて週に数回、子どもを預けられるようにする。

 保護者が外国籍だったり、障害があったりして入園手続きが難しい場合には、市区町村や民間団体の職員が家庭を訪問し、申請手続きをサポートする。必要経費を国から補助する考えだ。