陸上自衛隊で受けた性被害を、顔と名前を出して告発した五ノ井里奈さん(23)。たった一人で闘い始めた当初は、自衛隊から相手にされず、うやむやにされかけた。それでも諦めず、10万筆を超える署名を集めて防衛省に調査を求めた結果、ついに陸自のトップが被害事実を認め、加害者らは直接、謝罪した。インターネット上では心ない誹謗中傷が今もあるが、五ノ井さんは「謝罪を区切りとし、強く、自分らしく生きていきたい」と語る。その姿に、多くの人々が勇気をもらっている。(共同通信=池上いぶき、大湊理沙、山口恵)

 ▽憧れ胸に入隊、セクハラに「こんなはずでは…」
 五ノ井さんにとって自衛隊は憧れの場所だった。原点は2011年の東日本大震災だ。出身地の宮城県東松島市は、津波で大きな被害を受けた。
 当時は11歳。命は助かったものの、自宅は浸水、飼っていた愛犬2匹も死んだ。公民館での避難生活を余儀なくされ、意気消沈していた時に出会ったのが、災害派遣で訪れた女性自衛官たちだった。
 折に触れて声をかけてくれ、腕相撲などの遊び相手になってくれた。被災者用の風呂を作るため、お湯の入ったバケツを懸命に運ぶ姿に「私もやってみたい」と憧れた。
 自衛隊なら柔道を続けられるはず、との思いもあった。兄の背中を追って5歳で競技を始め、高校時代は全国ベスト16入りしたこともある。2020年に自衛隊に入隊すると、五輪選手を数多く輩出する自衛隊体育学校を目指すため、柔道部が強いと聞いていた郡山駐屯地(福島県)を希望し、配属された。
 ただ、駐屯地ではセクハラが常態化していた。男性隊員から日常的に体を触られ、ルックスについても言いたい放題言われる。上司も止めるどころか、時に加担することもあった。
 「外ではアウトな行為が、なぜ自衛隊ではセーフなんだろう」
 こんなことのために入ったんじゃないと憤りはあったが、当時はまだ入隊した直後。周囲になじもうと耐え続けていた。
 しかし、セクハラはエスカレートしていった。
 2021年8月にあった宿泊訓練の夜、3人の男性隊員から被害を受けた。抵抗できないほどの強い力で抑えられ、ズボン越しに性器を押しつけられた。その場にいた40代後半の上司は、笑って見ていた。
 諦めと絶望で「自分の中の糸がぷちって切れちゃった」。翌年の体育学校入学という目標もあったが、やむをえず休職した。

 直後に上司らに被害を訴え出たが、対応は悪い。一応の調査はあったが、誰も目撃したと証言しない。「口止めされている」といううわささえ聞こえてきた。
 そのうち、被害者であるにもかかわらず、同じ東北エリアの駐屯地への転属を打診された。加害者に会う可能性があるばかりか、既に五ノ井さんが受けた被害に関する報告書がその駐屯地で出回っていた。
 報告書の被害者は匿名になっていたものの、五ノ井さんであることは容易に特定できる書きぶり。あまりに配慮に欠けた対応を目の当たりにし、さらにショックを受けた。「死なないと事の重大さを分かってもらえないのか」と思うほどだった。自衛隊で柔道を続けるという夢が失われ、被害すらなかったことにされる。精神的に追い込まれ適応障害と診断された。
 自分自身を否定されるような出来事が相次ぐ中で、次第に「生きているのが苦痛になった」。自殺を考えるようになり、実際に命を絶とうとした3月16日、震度6の地震が発生。すると東日本大震災の光景が蘇った。
 「はっとした。生きたくても生きられなかった人がいる。闘わなきゃいけない」
 憧れの職場だった自衛隊を、悩んだ末、6月に辞めた。すぐにユーチューブやツイッターで活動を始め、自衛隊で性被害に遭ったと訴えた。

 ▽世論受け、防衛省が異例の「特別防衛監察」
 勇気ある訴えに賛同し、被害の調査を求めるオンライン署名は10万筆を超えた。五ノ井さんは8月、防衛省に署名を提出。これがきっかけになり、防衛省は9月、全自衛隊を対象としたハラスメント被害の「特別防衛監察」実施を発表した。
 特別防衛監察は、防衛大臣の判断で行われる不祥事案の調査。過去には防衛装備品の納入を巡り元事務次官などが逮捕された15年前の贈収賄事件や、5年前の南スーダンPKOの日報問題などでも行われている。ただ、ハラスメントを理由に実施されるのは極めて異例だ。
 五ノ井さんは、特別防衛監察によって組織が根本的に変わることを願う。特に痛感したのは上官が認識を根本から改める必要性だ。結婚し、子どももいるような上司らが、被害に遭う部下の姿を笑って見ていたことが今も信じられない。「上の人を教育しないと、下は声を上げられない。今後また同じ事の繰り返しになってしまう」
 加害者である男性隊員らの行為は、五ノ井さんの証言通りの内容であれば性犯罪。このため防衛省の調査とは別に、検察の捜査も続いている。
 隊員3人は強制わいせつ容疑で書類送検され、5月に不起訴処分となったが、検察審査会が9月「不起訴不当」と議決した。このため、福島地検は再捜査をしている。

 ▽相次ぐ中傷、でも「強く生きる」
 五ノ井さんが受けた被害はほかにもある。インターネット上での心ない誹謗中傷だ。告発後、SNSのコメント欄やダイレクトメールには五ノ井さんに対する中傷ばかりか、殺害予告まで次々と寄せられるようになった。「死ね」「被害妄想モンスター」などの攻撃のほか、容姿に関する発言もある。悪質性が高く、看過できないものについては警察に被害届を出すつもりだという。
 SNSでは一方で、五ノ井さんがひるまずに謝罪を求め、自衛隊の組織改善を求め続ける姿に、多くの人が心を動かされている。「嫌なことは嫌と声を上げて良いと勇気をもらった。とても感謝しています」「五ノ井さんの戦いに、私も含め、たくさんの女性が学び、励まされた」など、称賛する声があふれた。
 中には、性被害がなかなか認められない現状に憤りを見せる声もあった。セクハラ被害の当事者とみられるアカウントでは「顔や名前を出して争わないと、世間を味方に付けられないということがあまりにも異常。私のように泣き寝入りする人が圧倒的に多数なのであれば、社会の構造が根本的におかしい」と問題提起している。

 加害者3人と上司を合わせた4人の謝罪は、10月17日。五ノ井さんは前夜、一睡もできなかったという。対面は一人ずつ、合計1時間半程度行われた。4人はいずれも手書きの手紙を用意し、「不快に思わせた」「申し訳ない」などと何度も頭を下げた。土下座した人もいた。4人とも退職の意思を示しているという。
 五ノ井さんは謝罪を受けた後、支援者らに向けて感謝を伝える手書きのメッセージをツイッターに寄せた。「真実と謝罪だけを求め、この1年3カ月、自分だけを信じて戦ってきました」「失われた時間を取り戻して、自分らしく生きます」。11万以上の「いいね」が付いた。
 五ノ井さんは12月、初めての講演会に臨む予定だ。被害経験を湿っぽく語るつもりはない。それよりも「『普通の人間・五ノ井里奈』として参加者と交流し、勇気を与えられたら」と考える。
 謝罪を受けた後も行動する理由は、「まだ何も終わっていないから」。加害者らへの懲戒処分はまだ出ておらず、自衛隊の新たなハラスメント防止対策提言のために防衛省が設置した有識者会議も動き出したばかり。「自分が声を出さないと忘れられる。きちんと対策が出るまでは、投げ出さないようしたい」
 加害者を許すことは一生ないが、「直接謝罪を受けなければ、人生が前に進まない」との思いで行動を重ねてきた。今、五ノ井さんのツイッターの自己紹介欄にはこう書かれている。「再発防止を呼びかけながら今後は被害者としてではなく、一人の人間として強く生きて、沢山の人を笑顔にしたい」 

 ※性暴力や性被害に関する取材を続けています。伝えたい思いをお持ちの方は、共同通信社会部「明日をともに(あすとも)」取材班のツイッターに、ダイレクトメッセージでお寄せ下さい。https://twitter.com/asutomokyodo