菅政権が韓国への厳しい姿勢を鮮明にしている。元徴用工問題に関し、韓国政府が日本企業の資産売却をしないと確約しない限り、菅義偉首相の訪韓は困難だと伝えたのだ。韓国が議長国を務める今年の日中韓首脳会談の開催は見通せなくなった。

 一方で菅政権は、経済再生や北朝鮮対応の面から、実利面での関係修復を進めており、元徴用工問題を動かす糸口になると見る向きもある。日韓関係改善の契機となるのか、悪化したままにとどまるのか、この先数か月の対応で方向性が見えてきそうだ。韓国候補が最後の2人に入った世界貿易機関(WTO)事務局長選を巡る判断も注目される。(共同通信=内田恭司)

 ▽安倍前政権の方針を引き継ぐ

 日本政府関係者によると、「訪韓拒否」の経緯はこうだ。韓国での元徴用工訴訟で敗訴が確定した日本製鉄(現)の資産差し押さえに関し、同社に通知が届いたとみなす「公示送達」の効力が8月4日に発生した。このため当時の安倍政権内で対応を検討。現金化はしないとの政府保証がなければ、訪韓はできないとする対処方針を固めた。

 ただ韓国は日本の植民地統治からの解放75年という節目の年を迎え、昨年来の不買運動も相まって対日感情は極めて悪い。そこで韓国を無用に刺激しないよう、8月15日の光復節が過ぎるのを待って、9月初旬までにこの方針を伝達した。

 その際、韓国側は、議長国の面目がつぶれるとして再考を求めたが、日本側は過去に韓国側が慰安婦問題を理由に出席を拒み、開催が見送られた年もあったことを引き合いに「今回も、何が何でも開催しなければならないものではない」と押し返したという。

 菅政権は、安倍前政権で決めたこの方針を、そのまま引き継いだ形だ。韓国側は12月ごろの日中韓首脳会談開催を念頭に、10月中には3カ国の外相会談を韓国で開催したいとの意向を日本と中国に打診していたが、日程調整は全く進んでいない状況だ。

 ▽韓国との電話会談は7番目

 方向性は安倍前政権で決めたとはいえ、菅首相の韓国に対する姿勢は、7年8カ月も務めた官房長官時代から「厳しかった」というのが、永田町でのもっぱらの評だ。

 首相に近い自民党議員によると、朴槿恵前政権時代に結んだ慰安婦問題を巡る日韓合意について、文在寅政権が事実上白紙化すると、国家安全保障会議(NSC)の場などで、合意を遵守させるよう強く主張。元徴用工訴訟での日本製鉄敗訴には、判決は日韓請求権協定違反であり、絶対に認めるわけにはいかないとの姿勢を貫いた。

 昨年7月に踏み切った韓国に対する半導体材料の輸出管理強化では、関係省庁間の調整を指揮。安倍晋三前首相と足並みをそろえ、一切譲歩しない姿勢を通してきた。

 この姿勢は首相に就いてからも、表向きは変わらない。韓国側が出した祝意メッセージにはすぐに答えず、9月24日に行った文大統領との就任電話会談は「韓国は米国の次」という慣例を破り、ドイツや英国などを挟んで7番目だった。時間もわずか20分間で、元徴用工問題解決のため善処を求めるなど、冷淡な対応に徹した。

 ▽「極めて重要な隣国」

 だが実際のところ、菅政権は韓国へは厳格対処のみかというと、そうでもないようだ。政府関係者によると、菅首相は周囲に「北朝鮮問題で日韓協力は必要。訪日外国人回復のためにも関係を安定させなければならない」と語った。

 日本人拉致問題の解決、新型コロナウイルス対応、そして首相が重要視するインバウンドの回復といった課題で、日韓の連携や協力は欠かせないとの認識を示し、元徴用工問題など一連の歴史認識問題とは線を引く姿勢を明確にしているわけだ。

 この対韓方針の背景には、文政権の対日姿勢に呼応した側面もある。文大統領は光復節での演説で、元徴用工問題に絡み「国際法の原則を守っていくため、日本と努力していく」と訴えた。「国際法の原則」との表現をわざわざ使い、日本に対話を呼び掛けたのだ。

 日本政府は「日本が求める請求権協定に基づいた解決を模索する考えを示唆した可能性がある」(外務省幹部)と分析。菅首相も電話会談で文大統領に「韓国は極めて重要な隣国」だとの認識を伝え、ここ数年は落としていた「極めて」を復活させた。

 メッセージの交換を通じて双方の距離感を測る手法は外交の常道だ。菅政権の外交政策が「外務省主導に戻りつつある」(同)ことも影響しているようだ。就任後1カ月弱の間に秋葉剛男外務事務次官は10回も首相官邸を訪れ首相と面会した。

 韓国も菅政権発足に合わせるかのように、在日大使館の政務公使に日本通の金容吉・外務省前東北アジア局長を充てる人事を決め、10月12日に着任した。金氏は文政権で元徴用工問題や慰安婦問題を巡り、対日交渉を担当してきた経歴を持つ。

 ▽進む実利面での関係修復

 こうして、実利面では関係修復を急ぎたい日韓双方の思惑の一致もあり、水際対策の緩和を伴うビジネス目的の相互往来が10月8日から再開した。日本にとってはシンガポールに続き2カ国目だ。前日7日には長崎県・対馬沖で海難救助の合同訓練も実施した。

 今後の焦点は、こうした動きが元徴用工問題の解決につながるのかどうかだ。日韓関係筋は「三つの関門」を指摘する。10月17日からの靖国神社の秋季例大祭、WTOの次期事務局長選、日韓間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)だ。

 秋季例大祭で韓国側は菅首相の対応を注視する。首相は官房長官時代を通じて靖国神社には参拝しなかったが、安倍前首相が第1次政権時に中曽根政権以来の封印を解き、第2次政権からは退陣まで続けた「供物奉納」を引き継げば、韓国は反発するだろう。

 WTOが11月上旬までの選出を目指す事務局長選では、韓国の兪明希通商交渉本部長が最終候補の2人に入った。しかし、兪氏は日本の対韓輸出管理強化を受け、WTOへの提訴を主導した対日強硬派であり、日本政府内に兪氏を支持する動きはみられない。

 仮に菅首相が靖国に供物を奉納し、日本政府が兪氏の当選阻止に動けば、韓国は昨年11月に手続きを停止したGSOMIAの破棄を再び持ち出す可能性が指摘される。

 これが関門の三つ目だ。菅政権になっても結局、日韓間の雰囲気は悪化し、元徴用工問題は解決が見通せないまま、平行線の状態が続くことになる。

 ▽兪氏支持をカードにできるのか

 ただ「三つの関門」をクリアし、実利分野での関係改善が進めば、元徴用工問題の解決に向けた機運が出てくる可能性はある。中でもWTO事務局長選での兪氏支持を交渉材料にするのは、関係を進める上での選択肢の一つだ。

 日本政府関係者によると、対抗馬でナイジェリアのオコンジョイウェアラ元財務相は中国が推すとみられており、中国のアフリカへの影響力拡大を懸念する欧州連合(EU)は兪氏支持に回るという。米中対立の激化で米国も兪氏に傾けば、日本は孤立する。

 そこで、日本としては米国とEUの動向を見極め、韓国から何らかの譲歩を引き出すことを条件に、「WTO改革を支援する」などとして兪氏を支持する判断はありうる。外務省内で兪氏は「頭脳明晰で、高い交渉力を持っている」(幹部)との評だ。

 もちろん菅政権内には、文大統領について「光復節での対話姿勢は単なるポーズだ。南北統一にしか関心が無く、言動は全く信用できない」(自民党外交部会幹部)として、事務局長選では譲ることなく毅然と対応すべきだとの声は根強い。

 文政権側も元徴用工問題では妥協の余地は極めて小さく、解決への動きを見せない以上、日本としては文政権を相手にせず、司法的手段で徹底抗戦して時間を稼ぎ、2022年5月の大統領選での政権交代を待つべきだとの意見もある。

 だが、先ほどの「三つの関門」をクリアしてこそ、開ける展開もあるだろう。文大統領との電話会談で「非常に厳しい状況にある日韓関係を、このまま放置してはならない」と指摘したのは菅首相だ。信頼醸成を進め、関係改善と元徴用工問題進展への糸口を見いだすことができるのか、外交的手腕が早速問われることになる。