日本学術会議として声明を出すことを強く主張したのは、歴史学者の羽仁五郎である。1949年1月20日、第1回総会の初日だった。この提案は賛同を得る。副会長に選出された東大の我妻栄は、専門分野別に組織された7部のうち第2部(法)の部会長になった末川博に、原案の起草を委嘱する。(47NEWS編集部・共同通信編集委員=佐々木央)

 ■火鉢抱えて書いた声明案

 当時、立命館大総長を務めていた末川は、上京して上野・寛永寺の宿坊に泊まっていた。敗戦から3年半足らず、あらゆるものが欠乏していた。真冬の冷え込みに、火鉢を抱えて原案を書いたという。

 3日目の午前10時、開会と同時に原案が配布された。タイトルは「日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明(声明)」。原点を確認する意味で、全文を示す(読みやすくするために改行を増やした)。 

 われわれは、ここに人文科学および自然科学のあらゆる分野にわたる全国の科学者のうちから選ばれた会員をもって組織する日本学術会議の成立を公表することができるのをよろこぶ。そしてこの機会に、われわれは、これまでわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下にわが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓うものである。

 そもそも本会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的とするものであって、学問の全面にわたりそのになう責務はまことに重大である。

 されば、われわれは、日本国憲法の保障する思想と良心の自由、学問の自由、および言論の自由を確保するとともに、科学者の総意の下に、人類の平和のためあまねく世界の学界と提携して、学術の進歩に寄与するよう万全の努力を傾注すべきことを期する。

 ここに本会議の発足に当ってわれわれの決意を表明する次第である。

 この案文が朗読され、討議が始まる。議長を務める亀山直人会長(電気化学)が、いきなり賛否を問おうとするが、早稲田大法学部教授の中村宗雄が待ったをかける。「一、二、われわれとしてもなお補足していただきたい点もあります(中略)あまりにもこれを早急にご可決にならなうように希望します」

 ■いつのどの行為を反省するのか

 次いで発言したのは、ソビエト法の権威である東大教授、山之内一郎。

 ―今とっさの際に私の気がついた最も大きい点は「これまでわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し」とありますが、これまでというのがはなはだ漠然としていて、ことに太平洋戦争の際とか何とかということを明確にすることが必要であろうと思われます。それからまた「強く反省し」というのは、何を反省するのか、これでははなはだ明確を欠くと思います―

 反省すべきは、いつの、どの行為なのか明確にせよ。科学者の戦争責任の中核を撃つ厳しい指摘であった。亀山議長は、我妻副会長に提案の説明を求める。

 ―(略)ただいま山之内委員の言われた戦争という問題には一切ふれない方がよいという考えと、ふれた方がよいという、いわば両極端の説がありました。しかし、結局その点、特に戦争という名称を強くしないで、過去の態度を強く反省するという含蓄のある言葉がよいだろう。殊に反省という言葉の中には単に戦争という場合だけではなくて、各部の学者が極端なセクショナリズムであったというような点、いろいろ反省すべき点があろう。従って、それらすべてにわたって反省するという含蓄のある言葉の方が声明としてはよいのではないかということで、結局こういう文字になったのであります―

 戦時中だけでなくもっと広く、含蓄のある言葉にしたというのが、我妻の答えだった。

 「何を反省するのか」という指摘に対しては、我妻は「あまり長く、具体的すぎたら声明書としての力が弱くなる。これを発表したときに、新聞が全文を掲げないで、自由に抜粋するという例がよくある。そのためにかえって趣旨が一般に伝わらないおそれがある」と、実際的な理由を挙げて反論した。

 ■戦争なら国に尽くすのは当然か

 以降、議論はこの点を軸に展開する。地質学者の井尻正二は戦争協力への反省を明確にするべく、修正を提案する。「これまでわが国の科学者がとりきたった態度」を「これまで特に戦時中わが国の科学者がとりきたった態度」にせよと。井尻はナウマンゾウの化石発見を契機とする野尻湖の発掘調査で知られる。

 学術会議は当時、七つの部(文・法・経・理・工・農・医)で構成されていたが、このうち第7部(医)の副部長が、部の総意として修正に反対した。

 ―すでに国家が戦争になってしまったならば戦争に協力し、科学者が国家のために尽すということは、一面から言うと当然のことであります。それはどこの国でもやっております。(略)もし反省するということになれば、戦争の勃発ということに対して防ぐことができなかったということを反省するべきであります。しかしながらその点は当面の科学者が実際に無能だったとは考えられないのであります―

 医学界は731部隊による人体実験や九州大医学部の捕虜生体解剖など、深刻な戦争犯罪に手を染めたとされる。そのことと、この主張は関係していたのかどうか。

 この7部の意見に厳しい批判が出る。第2部(法)の杉之原舜一は舌鋒鋭く本質を突く。

 ―戦争が始まったがゆえにわれわれ学問をする者はこれに追従しなければならぬ、こういう思想自体が問題になって来ると思います。むしろ学術会議は、そういった学者の態度自体を、今後徹底的に批判しようと言うことが問題(「大切」または「課題」の意か―引用者注)ではないか、その意味において学問の自由、独立といったものも生きてくると思う―

 杉之原は戦前、投獄された経験もあった。この総会の時は北大教授で、後に弁護士として数々の労働事件や冤罪事件を弁護して闘い続けた人だ。

 意外と言うべきか、後に最高裁長官となる横田喜三郎も、井尻・杉之原に加勢している。趣旨は「特に戦時中」というくらいの言葉は極めて微温的であってこのくらいの言葉を入れることに躊躇(ちゅうちょ)するようでは、学術会議が世人から支持を得られるか疑問だということだった。

 議長は修正案として「これまで」の次に「特に戦時中」を入れるかどうかで採決に入った。賛成65票で修正案は否決。しかし、物理学の武谷三男が反対する。「修正の意味がよく分からない人もいるのではないか。戦時中の反省をしなくていいという意見の方は積極的に挙手し、その数も数えるべき」と主張した。

 そこで議長は、今度は原案(特に戦時中という文言なし)への賛否を問う。賛成が91票に上った。これで原案91票対修正案65票という結果になった。

 だが、声明を提案した羽仁五郎は、修正を主張して徹底抗戦する。まず、挙手という採決方法は「不明朗」だとして、記名投票にするよう動議を出す。

 憲法学の宮沢俊義は、自分は修正案に賛成したが、敗れたから「もうこの辺でよかろうと思います」と議事の進行を求めて、打ち切りを主張した。羽仁はなおも「これが国民および国際社会に信頼されるかどうかの重大な岐路」だと粘る。

 そこで亀山議長は記名投票にするかどうかを採決にかけるが、賛成は37票にとどまった。諦めない羽仁は「とりきたった態度」に「節操上の」を挿入するよう提案するが、これも賛成少数で否決された。

 ■目指すべき言論空間

 最後に、第7部(医)の修正反対意見に対する井尻の再反論を紹介しておきたい。

 ―この戦争中という言葉を入れたいというのは、決して皆さんに申し上げるのではございません。むしろ私自身に言いたいというわけであります。それはこのたび全国民の与望(よぼう、人々から寄せられる期待―引用者注)を受けて選ばれている者として、もう一度戦争中のわざわいを繰り返したくはないという自己批判から申し上げるのであります。(略)国家の命令でやったのだからというのですか、あの九州の解剖事件、これがはたして国家の命令とどういう関係があるでしょうか。このことをひとつ考えていただきたいと思うのです(後略)―

 これらの議論に1時間半を費やしたという。結果として、声明は原案通りとなった。それゆえ、羽仁や井尻らが主張するように、戦争責任に対する反省が、なお不徹底であると見ることもできる。事実、この反省の内実はその後も繰り返し、問われることになった。

 長々と議事の経過を紹介したのは、しかし、この総会運営そのものが、疑問や異論を切り捨てず、議論を尽くして合意に至ろうとしていて、学問の世界が目指すべき言論空間を実現していたと感じたからだ。真実に対して対等平等に開かれ、優れて民主的だと思う。

 いま学術会議会員の任命拒否問題で、事実上、問答無用の姿勢を貫く政権を目の当たりにするとき、その感はますます深い。=4回続き(続く)

 ◇主として次の書籍や文献を参考にした。

 『「学者の森」の40年』(福島要一)▽『日本学術会議25年史』(日本学術会議)▽井野瀬久美恵「軍事研究と日本のアカデミズム―日本学術会議は何を『反省』してきたのか」(『世界』2017 年2 月号)▽『坂田昌一 原子力をめぐる科学者の社会的責任』(樫本喜一編)▽『波瀾万丈 一弁護士の回想』(杉之原 舜一)

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