政府は、外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の年末改定に向けて検討を進めている。その焦点の一つが国内総生産(GDP)比2%以上を見据えた防衛費の大幅増だ。中国や北朝鮮、ロシアの動向など日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中、北大西洋条約機構(NATO)加盟国がGDP比2%以上の国防費を目標にしていることが念頭にある。
 政府内ではNATOを参考にしつつ、海上保安庁や科学技術関係の予算なども盛り込んだ「国防関連費」の創設が取り沙汰される。防衛費はどうあるべきか。安倍晋三元首相の秘書官を異例の6年半以上務め、7月に防衛事務次官を退任するまで、日本の最前線で安保政策に携わった島田和久氏に防衛費を考える上でのポイントを尋ねた。(共同通信=池田快)

 ▽海保は純粋海上警察
 ―NATOの国防費に関する見解はどうか。
 「NATOは防衛努力の公平を期すため、国防費の範囲について統一基準を定めている。『NATO定義の国防費』と呼び、加盟国はGDP比2%以上にすると合意している。日本もNATOの定義に照らし判断するのは妥当だ。しかし、日本国内での議論には事実関係に誤解があるのではないか」
 ―何が具体的に誤解なのか。
 「NATOの加盟国には、日本の海保に相当する沿岸警備隊の予算も国防費に計上する例があるが『軍事訓練を受け、軍隊としての装備を保有し、軍の直接の指揮下で軍事展開できる』場合に限られている。(日本の)海保がNATO定義に該当しないのは明らかだ」
 ―海保の法的位置づけはどうなっているのか。
 「海上保安庁法第25条は『この法律のいかなる規定も海上保安庁またはその職員が軍隊として組織され、訓練され、または軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない』と明記している。海保は『軍警分離』が理念であり、その性格は純粋な海上警察だ。武力衝突(武力攻撃事態)を想定した自衛隊との訓練実績もない。米国も沿岸警備隊の予算を、NATO定義の国防費には計上していない」
 「もし海保予算をNATO定義の国防費に含めれば、中国に『海保は軍隊となり、尖閣の事態をエスカレートさせた』と批判する口実を与えることにもなる。その時に日本は『海保は警察だ』と反論するのだろうか」
 ―安倍政権時に、NATO定義では海保も含むと説明しているのではないか。
 「そのような事実はない。『わが国の防衛費についてはNATO定義に基づいて整理はしていない』というのが、これまでの政府の一貫した答弁だ」
 ―とはいえ、海保と自衛隊は共同訓練を重ねているとの指摘もある。
 「自衛隊と海保が行っているのは、自衛隊への『海上警備行動』の発令を想定した訓練だけだ。海上警備行動とは、自衛隊が警察権を行使すること、つまり自衛隊が海保のような海上警察になって対処するものだ」
 ―武力衝突時には防衛相が海保を統制する仕組みもある。
 「武力攻撃事態には、防衛相が海保を統制できる制度はあるが、その場合でも、海保の任務・権限・性格は海上警察のままで一切変更はない。この点は政府見解として確立している。防衛相が統制しても国際法上の軍隊として扱われるわけではない。海保の統制自体は法律上、1954年から定められているが、現在に至るまで実施に必要な政令さえ制定されておらず、統制のための要領もない。当然、そのための訓練も一度も行われていない」

 

▽信頼を損なう恐れ
 ―防衛費増額を考える上で必要なことは何か。
 「NATO定義の国防費を拡大解釈し、安全保障に関係する経費だとして防衛費に加えても『見かけ』上の金額が増えるだけで抑止力は向上しない。NATO定義の国防費だとして計上するのであれば、法改正も含め、各省庁の取り組みが日本の防衛に明確に寄与する仕組みを構築することが必要だ。見かけでなく『実質』を変えなければならない」
 「国の防衛のため、防衛当局だけでなく政府一体となり、持てる国力を総合した体制を構築するのは当然だ。現行の防衛大綱でも政府一体の取り組みを強調している。だが、政府の方針は『国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する』というものだ。最終的な担保とは、わが国への侵略を阻止し、排除する力だ。それが真の意味での防衛力であり、今求められているものだ。この本質から外れるべきではない」
 ―海保の強化も必要ではないのか。
 「海保の皆さんは沖縄県・尖閣諸島の警備をはじめ本当に献身的な努力をしている。海保の能力の大幅強化は急務であり、予算の増額は不可欠だ。実際、安倍政権下で首相主宰の『海上保安体制強化に関する関係閣僚会議』を立ち上げ、強化を進めてきた。自衛隊とのさらなる連携強化も必須だ。他方、海保予算を防衛予算に足しても、それだけでは何ら能力は向上しない。予算の話とは分けて論じる必要がある」
 ―仮に海保予算を国防関連費に加える場合は、どうすべきだと思うか。
 「政府はこれまで『海保予算はわが国の防衛に直接関わる経費ではない』と説明している。考え方を変えた理由の説明が必要だ」
 「海上保安庁法第25条を削除し、役割・任務を変更するのが筋だ。それができなければ最低限、武力衝突が発生した場合を想定した自衛隊との訓練の実施や、防衛相による海保統制のための政令の制定、要領の策定を行うことなどを3文書に明記すべきだ。そうした確固たる政府方針なく、予算の話だけをすれば諸外国に日本政府の決意を疑わせることになり、ひいては信頼を損ねかねない」

 ▽一国で安全守れない
 ―科学技術関係予算を国防関連費に算入すべきだとの意見もある。
 「NATO定義では、軍隊の要求を明確・具体的に満たす研究開発費に限り、国防費に計上して良いことになっている。日本の科学技術関係予算は4兆円以上あるが、うち防衛関係は4%に満たない。残りは民生分野の研究開発費で、防衛の要求が反映される仕組みはない」
 「そもそも防衛相は、国の科学技術政策の司令塔である『総合科学技術・イノベーション会議』のメンバーから外されている。中国は科学技術の『軍民融合』を国家戦略にしているが、日本は『軍民分離』だ。研究開発費について内閣府設置法などを改正し、防衛相が明確に関与して防衛上の要求を反映できる仕組みを設けるべきだ」
 ―GDP比2%という数字ありきではなく、必要な経費を積み上げるべきだという声も根強い。
 「もはや、いかなる国も一国だけでは自国の安全を守れない時代になった。同盟国である米国を含め、価値観を共有する民主主義国家30カ国で構成するNATOが共通目標として2%以上を掲げている事実は重い。これは国際協力の前提にもなる」
 「もちろん、わが国が直面し得る事態を想定し、必要な経費を積み上げるのは当然だ。これまでも防衛当局は必要な経費を積み上げてきた。しかし、安保環境と無関係にばっさりと削減されてきたのが安倍政権以前の防衛費の長い歴史だ。今こそ必要な経費の積み上げを尊重すべきだ」
 「今回、岸田文雄首相がバイデン米大統領に防衛費の『相当な増額』を伝えた5月の日米首脳会談や、NATOのGDP2%目標に言及した政府による6月閣議決定の『骨太の方針』によって、2%達成は既定方針となったのだろう。それゆえ、防衛費の実質増を抑えるため、他の予算を上乗せし、何とか2%にしようとしているかのように見える。むしろ、2%ありきで数字の操作になっていないか」
 ―2022年度の日本の防衛費はGDP比1%相当の約5兆4千億円。単純に2%なら11兆円に迫る金額となる。防衛費をGDP比2%の水準にすることは妥当か。
 「長くGDP比1%程度に予算を抑制してきた結果、米国に過剰に依存する態勢になってしまった。長い間、防衛費を抑制し続けてきた負の蓄積は大きい。しかし、時代は激変した。最も重要なのは自らの努力だ。もはや過去の延長線上にわが国の平和はない」
 「国の存立や平和の維持は、安定した国民生活の基盤であり大前提だ。侵略が起きてしまえば、たとえ善戦したとしても国民の命が失われ、国土の荒廃、経済の破綻は免れない。ウクライナを見れば明らかだ。防衛費は平和を保つための抑止力を維持し、平和な日本を次世代に引き継ぐための経費だ。本来必要な能力を積み上げれば優に2%にはなる」

 ▽継戦能力強化が重要
 ―具体的にどのような分野に経費を投資すべきか。
 「まずは弾薬や防衛装備品の維持・整備への資源投資を強化し、今の自衛隊が完全に能力発揮できる態勢を整えることが喫緊の課題だ。専守防衛の日本では、相手が侵略を断念するまで粘りぬく『継戦能力』の強化が重要だ」
 「人工知能(AI)や量子など戦い方を一変させる民生分野の先進技術の活用が不可欠だ。サイバーセキュリティーの分野でも日本は立ち遅れている。長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」の整備も必須だ。ミサイル部隊を南西諸島まで時間をかけて海上輸送しなくても離れたところから対処できる。島国の弱点を克服する大きな手段になる」
 「自衛隊施設の40%以上が現在の耐震基準を満たしておらず、大規模地震があれば人命救助に当たるべき自衛隊員がまず被災しかねない。少子化の中、隊舎や宿舎など、他の公務員に比べて遅れている生活環境の改善にも予算を回し、隊員が誇りを持って安心して任務に当たれる環境を整えることも優先度の高い課題だ」
 ―防衛力を強化するだけでいいのか。
 「平和を守るため外交努力が大事であることは当然だ。しかし、外交努力をすれば防衛努力が不要になるわけではない。外交と防衛は車の両輪だ。国に対する脅威は他国の『意思』と『能力』の掛け算だ。外交は相手の『意思』に働きかける作用だが、権威主義国家の意思決定は外部からはうかがい知れず、突然変わり得る。相手の『能力』に備えるのが防衛力だ。防衛力によって相手に対し『力による現状変更は無理だ』と認識させ、侵略を思いとどまらせる。防衛力の本質は侵略を抑止する力、すなわち抑止力であり、平和を維持する力だ。中国、北朝鮮、ロシアといった『力の信奉者』に対し『力による現状変更は難しい』と認識させるだけの能力を自ら持つ必要がある」
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 島田 和久(しまだ・かずひさ)氏 慶大卒。安倍晋三首相秘書官などを経て、20年8月〜22年7月に防衛事務次官。同年9月から内閣官房参与。60歳。神奈川県出身。