日本と同様、韓国も再び増加する新型コロナウイルスの感染者への対応に苦慮している。だが、新型コロナと同等かそれ以上に注目され、連日のように報道されている問題がある。旧日本軍の元従軍慰安婦を支援する団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)に関して浮上している不正会計疑惑だ。従軍慰安婦問題を巡る2015年の日韓合意を批判し事実上の白紙化に追い込んだことから、韓国国内で絶大な影響力を持つ正義連を巡って突然噴き出したスキャンダルについて報告したい。(韓国在住ジャーナリスト、共同通信特約=田中美蘭)

  ▽突然の告発

  発端は5月7日に大邱(テグ)市で元慰安婦の李容洙さんが開いた会見だった。李さんは寄付金が被害者のために使われていないと「暴露」し、正義連を率いていた尹美香・前代表を名指しで批判した。

  1992年に元慰安婦であることを公表した李さんは日本政府に謝罪と賠償を求め続けてきた。慰安婦問題を象徴する少女像設置運動にも長く携わり、2007年には米下院が慰安婦問題で日本に謝罪を求める決議を可決した議会で被害を証言している。慰安婦問題の象徴的存在だ。

 その李さんが約30年間活動を共にしてきた尹前代表を厳しく指弾したのだ。メディアは会見について大きく報じた。そして、正義連と尹前代表による金銭の私的流用などのスキャンダルが次々と明らかになった。

 主な疑惑を紹介する。企業からの寄付金を原資としてソウル郊外の京畿道(キョンギド)安城(アンソン)に設けた元従軍慰安婦のための施設「平和と癒やしが出会う家」の購入と売却に関するものだ。

 「平和と癒やしが出会う家」は13年、正義連の前身である「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」(挺対協)がソウル近郊の建物を当時の相場より高い7億5千万ウォン(6750万円)で買い取り、設立した。どれくらい高かったかについて複数の韓国メディアは、相場より「4億ウォン(3600万円)以上」と報じている。

 当時の所有者が尹前代表と親交のあった李圭閔氏の知り合いだったことも疑念を深くした。李氏は尹前代表と同じく与党の民主党の公認候補として今年4月15日実施された総選挙に立候補し、ともに当選している。

 相場との「差額」は正しく当時の所有者に渡ったのだろうか? その行方に関心が集まっている。

 「平和と癒やしが出会う家」は総選挙直後の4月23日に4億2千万ウォン(3780万円)で売却された。同施設について、韓国メディアは若者グループが宿泊し飲み会をしばしば行っていたとした上で「やましいことがあったので、赤字になってでも売ったのではないか」と指摘した。

 このほか、団体の金を尹前代表が娘の教育費に私的流用していた疑惑などが表面化している。

 金銭以外でもスキャンダルが報じられている。5月11日の中央日報は、元慰安婦たちに15年の日韓合意に伴い支払われる現金の受け取りを辞退するよう尹前代表らが圧力をかけたと報じた。

  ▽家宅捜索

  これに対し、正義連は「会計処理に問題があった面はあるが、不正はない」と反論した。だが、活動に好意的な革新系メディアからも不十分だと批判が出ていた。

  5月20日には韓国検察が寄付金の不正流用疑惑でソウルにある正義連の事務所を家宅捜索した。同23日には京畿道の広州(クァンジュ)にある元従軍慰安婦が生活する支援施設「ナヌムの家」に届けられた寄付金の使途に関して多数の不正が確認されたと、与党所属の李在明・京畿道知事が指摘した。

  6月6日、正義連がソウル市で運営していた元慰安婦の生活支援施設「平和のわが家」の女性所長が自宅で死亡しているのが発見された。死因は自殺と見られている。この施設も、今回の疑惑と関連して家宅捜索の対象となっていた。女性所長の死を受けて尹前代表は号泣しながら捜査を批判した。しかし、国民の尹前代表に対する視線は厳しいものとなっている。

  ▽完全否定

  ところで、正義連とはどのような団体なのだろうか。

  1990年から旧日本軍の元従軍慰安婦らを支援してきた挺対協を中心にして2018年に設立された財団法人だ。挺対協は11年にソウルの日本大使館前に慰安婦問題を象徴する少女像を設置したほか、15年の慰安婦問題を巡る日韓合意の破棄を訴えている。挺対協時代から毎週水曜日にソウルの日本大使館前で日本政府への抗議集会を開いており、今も継続している。

  尹前代表は挺対協の草創期から参加。08年以降は挺対協の、18年からは正義連の代表を歴任した。

  尹前代表は5月29日に記者会見し「口座の金を個人的に用いたことはない」などとして疑惑を完全否定した。今回の騒動で尹前代表が開いた初めての記者会見だった。翌30日に尹前代表が国会議員に就任すると、同日付の韓国各紙は疑惑解明が十分でないと一斉に報じ、辞任を求める社説もあった。

  ▽憤り

  正義連の活動を疑問視する声は以前からあった。しかし、韓国国内には元慰安婦に関する批判がしづらい雰囲気がある。そのため、表だって問題になることはなかった。革新系の文在寅大統領が就任した17年以降、その傾向はさらに強くなっている。

  だが、今回ばかりは違うようだ。正義連、そして尹前代表への不信感がこれまでになく高まっている印象を受ける。インターネット上では尹前代表に対し、「泥棒」「裏切り者」「うそつき」「偽善者」といった手厳しい言葉がずらりと並んでいる。韓国の世論調査会社「リアルメーター」は5月27日、尹前代表について70・4%が当選を辞退すべきだと答えたとの調査結果を発表した。

  元慰安婦というアンタッチャブルな問題を隠れみのにして国民を欺いてきたという憤りが表出しているのだろう。

  ▽韓国だけの問題ではない

  新型コロナウイルスの感染拡大に関して、厳しい防止策を素早く取ったことで文大統領は高評価を得た。このことが総選挙の勝利につながった。ところが、総選挙後に発覚した正義連を巡る一連のスキャンダルに加えて、6月に入ると北朝鮮との関係が急激に悪化している。

  相次ぐ逆風に文大統領も危機感を募らせているとされる。6月8日には政府の会議で「寄付金や後援金の募金活動の透明性を根本的に強化していく」と表明した。一方で「慰安婦運動自体を否定し、運動の大義を傷つけようとするのは正しくない」とも強調した。

  そこには事態を少しでも早く沈静化させたいという文大統領の本音が透けて見える。同時に、自身に近い尹前代表へのダメージを減らしたいという思惑があるように思える。

  元従軍慰安婦を巡る問題は韓国国内だけでとどまらない。日本にも関わってくる問題だ。曖昧なまま闇に葬られるのではなく、事実が明らかになることが言うまでもなく望ましい。検察の捜査がどう動くのか。そして、文大統領はどう対応するか。今後の動向に注目したい。

  捜査の行方とともに期待したいことがある。元慰安婦に関して、もっと率直に、そして活発に議論できる状況が訪れてほしい。そうすれば冷え切った状態が長く続いている日韓関係の改善につながるに違いない。筆者はそう確信している。