防護服に身を包む軍の医療チームが重篤患者を次々と専用機に乗せていく。駐車場や見本市会場に、あっという間に野戦病院が設営されていく。新型コロナウイルス感染症の爆発的感染拡大が始まった3月以降の欧州。ステイホームがデフォルトになった市民が、テレビやSNSで繰り返し目にしてきた光景だ。戦場でもないのに、制服姿や迷彩服がきびきびと活躍する姿がいやに頼もしい。欧州で活躍する各国の軍隊の様子を追った。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

 ▽迷彩服がコロナ対策

 新型コロナ感染が確認されてから1年近く。1月に武漢が封鎖され、2月にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での集団感染が発覚すると、欧州の人々は手配された専用機で続々と帰還した。そして3月初め、新型コロナ感染拡大の震央は欧州に移った。

 欧州連合(EU)では、通商や環境といった政策分野とは異なり、「公共衛生」は加盟国の裁量とされているので、直接介入して同様の措置をとることはできない。欧州各国は各自の判断で国境を閉ざし、独自の措置をとらざるをえなかった。本来は自由な行き来が保証されているはずだったEU域内でさえも。そんな中、欧州各地で見られたのが、各国の軍の活躍だった。

 フランスでは、新型コロナ対策支援専門の「レジリアンス作戦」が展開された。軍が広範な消毒活動、医療物資の緊急輸送に従事し、陸軍病院などでコロナ重症患者を受け入れた。太平洋、大西洋、インド洋などにフランスが持つ飛び地領土への物資支援や患者搬送でもたくましい機動力を発揮した。

 独自の緩やかな封鎖措置が有名になったスウェーデンでは、軍が次々と仮設病院を建て、医療部隊、車両、医療機器なども提供した。急きょ志願兵を募集して、社会的弱者のための買い出しや搬送などにも奔走した。

 筆者の住むベルギーでも、欧州市民を帰還させるために中国へ軍用機を送った。専門医療チームは国内の余裕ある病院へ患者を次々と送り届けた。段階的な封鎖解除が始まるころには、マスクや消毒ジェルなどの医療物資を国内全体に緊急配備した。この間、ホームレスの人々に支援物資を届けたのも、クラスターが発生した施設の緊急消毒にあたったのも迷彩服姿の専門チームだった。

 とにかく欧州中のあらゆるところで、こんな様子が昼夜問わずに見られたのだ。

 ▽支援に特化した軍の連携組織

 各国の軍はそれぞれの国内で活躍したが、興味深いのは、軍同士が国境を越えて協力した点だ。

 ほんのいくつかの実例を挙げよう。4月、爆発的な感染拡大で医療崩壊寸前に陥ったイタリアを助けるために、ルーマニアから15人の医師や看護師たちをブカレストからミラノに運んだのはルーマニア空軍機だった。同じころ、オランダ空軍の医療専用機が、リトアニアからオランダ人とドイツ人の患者を連れ帰り、巧みな連携プレーで陸上部隊に引き渡し、病院に送り届けた。

 ドイツ空軍の専用機は、感染ピークの頃、イタリア、スペイン、フランスから、重症患者たちを乗せて、次々とドイツの医療機関へと運び続けたのだった。その様子は各国のニュースで映像とともに伝えられた。

 その背後には、EUの外務省にあたる欧州対外行動庁が急きょ動かし始めたタスクフォースが、軍の活躍を後方支援してきた事実がある。彼らは、民間を助ける軍の活動の具体例を各国に示し、国際連携がスムーズにいくように応援し続けた。

 だが、緊急事態で軍の速やかな連携ができたのは、欧州機動調整センター(MCCE、2007年発足、加盟28カ国)や欧州航空輸送司令部(EATC、10年発足、加盟7カ国)といった、EUとは直接関係しない軍の連携組織によるところが極めて大きい。

 軍による国際連携といえば、国連平和維持軍を想像するかもしれない。だが、これはあくまで戦闘や紛争の局面でのものだ。MCCEやEATCは、人道支援・医療救援活動などのオペレーションに特化して、各国の軍が合同で使命を遂行する体制を整え、平時から演習を繰り返しているのだ。

 複数の国の軍が関与した連携プレーであっても、それぞれの国は自国軍の手柄として伝えがちだから、こうした裏方組織の存在は、欧州市民にもあまり知られてはいない。だが、コロナ危機において、ともすれば暴力装置とも呼ばれる軍事組織が連携し、市民社会の安全保障や市民の保護に実質的に貢献できることを示したのだ。

 ▽パンデミック初期にマニュアル策定

 EATCでは、加盟する7カ国が医療専用機などを共同で使用し、加盟国空軍のスタッフが一つの司令官の下、共同で任務を遂行する。今回は、中国や日本へ欧州市民を迎えに出たほか、医療緊急物資の空輸で活躍した。戦略的航空医療救出ミッションとして、ピーク時にイタリア、スペイン、フランスからドイツへ重症患者を緊急搬送したのも、実はEATC指揮下での連携プレーだった。EATC内には独自の医療担当部があり、パンデミック発生のごく初期の時点で、コロナ患者搬送のための詳細マニュアルを策定し周知していた。だからこそ、いざという局面で迅速かつ適切に対応できたのだという。

 たとえば、7月15日。アフガニスタンから、民間人と軍関係者計13人の感染者を自国に帰還させるという使命が発生した。即座にドイツ軍が名乗りを上げ、イタリア、ドイツ、それにジョージアが参加した。

 こうした緊急ミッションでは、使用空港の許可や国境通過、空路や所要時間の最適化を図らねばならない。そこで、ドイツ軍専用機がまずカブールから同じアフガニスタンのマザリシャリフに飛び、そこから、ジョージア、イタリア、ドイツの空軍基地にそれぞれ専用機を飛ばし、ベルギー人患者はドイツからベルギー軍の救急搬送部隊によって自国の病院に搬送されたのだ。

 コロナ禍の8月4日、レバノン・ベイルートで発生した大爆発の際、24時間以内に救援物資を届けたのはEATC指揮下のフランス空軍機で、フランス、ベルギー、イタリア、スペインからの緊急人道支援専門家が、救急医療資材、薬、食料、水などを乗せて次々と到着した。

 EATC総司令官ローラン・マルブフ少佐(前任)は、「EATCは、コロナ危機の中、欧州の機動力の中心的役割を果たすことができた。欧州における軍の平和協力体制を示す生きた証拠となった」と語った。後任のアンドレアス・シック少佐も、「EATCは、国際スケールで、臨機応変な緊急輸送や医療救出のための頼りになる選択肢であることを実証している」と自信を込めて語っている。

 ▽ウィズ・コロナは長期戦

 欧州各国は、厳しい第2波を迎えている。この間、軍の支援を仰ぎながら、各国は医療資源を適所に備蓄し、病床数を飛躍的に拡充し、検査態勢を整えて万全を期してきた。だが、多くの国が陸続きでつながり、人や物の自由な行き来がEUの基本理念と知っている欧州の人々は、ウィズ・コロナの戦いが長引くこと知っている。

 EU委員会で、外務・安全保障を担当するボレル氏は、次のように語っている。新型コロナのパンデミックは、今後数年にわたってわれわれの安全保障環境を悪化させる可能性が高い。今後やってくるであろうさまざまなパンデミックを前に、民間を支援するために軍の資源や能力をより強化する必要があるだろうと。

 戦闘時の合同攻撃や国連平和維持活動以外にも軍の国際協力の形があることを、欧州はコロナ禍でみせてきたようだ。

 使い勝手のよい小型核兵器よりも、敵地攻撃能力を高める超高額兵器よりも、長引くコロナ禍や次なるパンデミックの方が、より現実的な安全保障上の脅威なのではないか。災害時ばかりでなく、コロナ禍でも自衛隊が活躍してくれる雄姿をぜひ見たいものだと願う。