1月6日の米WTI原油先物価格は大幅に上昇し、およそ10ヶ月ぶりに1バレル=50ドル台を付けた。サウジアラビアが2〜3月に自主的な追加減産に取り組むという驚きの決定をしたことで「買い」が膨らんだからである。イランを巡る地政学上のリスクが意識される状態も続いている。米国では政権交代が実現し、民主党のバイデン新政権が誕生した。中東をめぐる環境は変わり、情勢が大きく動く可能性がある。2021年にどう変化するのか、現在判明している情報から読み解いてみたい。(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー=藤和彦)

 ▽サウジが生産調整役に

 OPECとロシアなどの産油国からなるOPECプラスは5日、協調減産を2月から小幅に縮小することで合意した。現行の日量720万バレルの減産幅を2月は712・5万バレル、3月は705万バレルへと7・5万バレルずつ縮小するのに対し、サウジアラビアは一国で同期間に日量100万バレルの原油を自主的に追加減産することになる。新型コロナウイルスの感染拡大による供給過剰への懸念が浮上している中で、ロシアとカザフスタンに減産緩和を認めつつも、自らは相場を下支えするスイング・プロデユーサー(生産調整役)の役割を担うことを明らかにしたのである。

 サウジアラビアは2014年、米国のシェールオイル増産を受け、スイングプロデユーサーの役割を降りたとされている。20年4月にはロシアとの調整が付かなかったことから協調減産の枠組みを反故にし大増産に踏み切った。これにより原油価格が暴落し、米国のシェールオイル企業が大打撃を受けたことから、トランプ大統領の怒りを買った。

 OPECプラスによる協調減産を4年間以上続けてきても一向に原油価格が上昇しないことから、サウジアラビアの財政は火の車である。2021年度で歳出を7%削減する緊縮策を迫られたが、財政赤字は一向に減少する見込みがない。今回も、自国の原油生産量を減らすデメリット以上に原油価格の上昇によるプラスの効果が出るとの保証はないが、サウジアラビアのアブドラアジズ・エネルギー相は「自主的な追加減産はムハンマド皇太子の政治判断だった」と述べている。

 協調減産の枠組みを危うくして、自らの庇護者であるトランプ大統領のご機嫌を損ねかけたムハンマド皇太子は「協調減産の枠組みを空中分解させるわけにはいかない」という思いだったのだろうか。

 ▽米・サウジの関係は悪化か

 中東地域の安全保障に関わる重要な動きもあった。カタールのタミム首長は5日、サウジアラビアを訪れ、湾岸協力会議(GCC)首脳会議に出席した。両国は4日、3年半にわたって封鎖していた国境の開放などで合意しており、2017年の国交断絶以来の関係改善に踏み出した。「イラン包囲網」でペルシャ湾岸のアラブ諸国の結束を促すトランプ政権の仲介に応えた形だが、相互不信は根深いままである。

 トランプ大統領がホワイトハウスから去る日が迫っているのにもかかわらず、ムハンマド皇太子のトランプ大統領への忠誠心は高まるばかりだが、この遺産(レガシー)がバイデン次期政権に引き継がれるのだろうか。

 昨年12月の最終週、米国によるサウジアラビア産原油の輸入が週間ベースで35年ぶりにゼロとなった。米国とサウジアラビアとの同盟関係は、サウジアラビアが米国への原油の安定供給を約束する代わりに、米国がサウジアラビアの安全保障を担うというものだったが、原油輸入ゼロという状態が続くことになれば、米国にとってのサウジアラビアの価値が大幅に低下することだろう。

 国民の半数が大統領選の結果を非合法と見なしている状況で就任するバイデン氏は早くも「歴史上最も弱い大統領」と揶揄されはじめており、トランプ大統領のように中東情勢に積極的に介入することはできない。

 バイデン政権誕生で影響力を増すとされる民主党左派にとって、シェールオイルは目の敵であり、サウジアラビアが原油価格の下支えを行ったとしても、米国の歓心を得られないかもしれない。それどころか、世界最大の原油需要国である米国で「脱石油」の動きが進めば、原油価格は再び低迷してしまう。

 さらにトランプ政権下で高まっていたサウジアラビアへの批判が、一気に表面化するのではないだろうか。2018年のサウジアラビア人ジャーリストのカショギ氏暗殺事件や世界最悪の人道危機となっているイエメンへのサウジアラビアの軍事介入に対する非難から、米国とサウジアラビアの関係はオバマ政権の時以上に悪化する可能性がある。

 ▽原油安でイラクに近づく中国

 バイデン新政権は「ムスリム同胞団」を民主化を担う主体と位置づけるとされていることから、ムハンマド皇太子の失政のせいで国内での不満が高まっているサウジアラビアで「第2のアラブの春」が起きるとの不安が頭をもたげつつある。

 米調査会社ユーラシア・グループの2021年の世界の10大リスクの第8位に「原油安の打撃を受ける中東」がランクインしたが、筆者が心配しているのはサウジアラビアとともにイラク(OPEC第2位の生産国)である。昨年のイラクの経済成長率はマイナス12%と見込まれており、市場での通貨デイナール売りが激化し、すべての輸入品の価格が高騰している。財政緊縮先として政府職員の給与が20%削減されたことから、「国民の不満は全土に広まっている」と現地メデイアは報じている。

 イラク政府は逼迫(ひっぱく)した財政状況を緩和するため、長期の原油供給契約を結ぶ代わりに支払いの前払いを要求していた。この申し出に手を上げたのが中国企業である。中国国有軍需企業傘下の石油企業が20年末、1年分の原油供給(4800万バレル)の前払い金として20億ドルをイラク側に支払う契約を成立させた(1月4日付フィナンシャル・タイムズ)。中国はイランとの間でも積極的に石油取引を行っており、中国は米国の間隙を縫って中東での影響力を着々と増大させている。

 前述の10大リスクの第4位は「米中の緊張拡大」だが、日本にとっての原油供給先である中東地域でも、せめぎ合いのリスクが高まるのではないだろうか。