人気漫画「進撃の巨人」(講談社)の単行本最終巻となる34巻が6月9日に発売された。若者らが自由を求め闘う長編漫画はアニメ化され、文化や社会を超えて世界のファンを魅了した。2011年の中東民主化運動「アラブの春」の行き詰まりやイスラム教の保守的な慣習、今年5月のイスラエルによるパレスチナ空爆など、現実の〝壁〟に立ち向かうアラブ諸国の若者らも「私たちの物語だ」と深く共感していた。日本発の作品が、なぜ世界の若者の心を動かしたのだろうか。(共同通信=高山裕康)

 ▽抑圧の日々

 ベール姿のエジプトの女性会社員アラア・アシュラフさん(24)は2月、作品に登場する「調査兵団」のメンバーに扮(ふん)したコスプレ写真を首都カイロの丘で撮影した。眼下には茶色いスラムを抱えた貧しい巨大都市が広がる。写真に添えた英語のせりふは漫画の登場人物の問いかけと同じ「私たちは自由になれるのだろうか」。アラアさんはエジプトの保守的なイスラム社会が、女性の就職や服装の自由を壁のように妨げ、息苦しいと考えている。

 進撃の巨人は漫画家諫山創(いさやま・はじめ)さん=大分県日田市出身=の人気作だ。人を捕食する謎の巨人がのさばる世界で、高い壁に囲まれた街に暮らす主人公エレンらの闘いや民族間の争い、親子を巡る葛藤などを描いた長編ダークファンタジーだ。講談社の「別冊少年マガジン」で2009年から今年4月まで連載。電子書籍を含む単行本累計発行部数は1億部以上、約180カ国・地域に配信された。

 物語は終盤に向かって「正義」のあり方の難しさを読者に問いかける。一方、アラブ社会では宗教や民族、階級によるさまざまな共同体が共存する傍ら、紛争が勃発すれば対立相手を「敵」や「テロリスト」などと断罪し、争いの長期化や報復の連鎖につながってきた。

 アラアさんは作品について「アラブ(の映画など)と違い、善悪を明確に区別しない視点がある」と評価した。作品を読みながら「(エジプトの)警官ら現実の抑圧側も苦しんでいるのでは」と考えるようになり、「悩みがより深まった」とも漏らした。

 「アラブの春」では、反政府デモにより4カ国の長期独裁政権が崩壊した。その後の民主化進展に行き詰まった10年は、作品が世界に広がった時期と重なる。エジプトは強権体制が復活し、デモなどは厳しく取り締まられるようになった。大学生シルビア・モニルさん(19)は「言論の自由がなく、壁の中にいるようだ」と嘆く。作品が描く抑圧に共感するファンは少なくない。

 ▽故郷への思い

 イスラエルに封鎖されているパレスチナ自治区ガザが故郷のファンがいる。ヤスミン・モギルさん(24)=エジプト在住=は、人の出入りが難しい故郷の姿に物語を重ね合わせてきた。主人公エレンらが壁の外を夢見るように「ガザに戻り美しい木々を見たい」と願い続けてきた。

 5月、そのガザでイスラエルによる空爆があり、250人以上が死亡、多くの建物ががれきとなった。ヤスミンさんの親族も自宅近くのビルが破壊され、ガザ地区内を転々と避難したという。パレスチナの民族衣装をまとって取材に応じたヤスミンさん。「ガザには逃げる場所がなく、そこで戦うしかない。作品はパレスチナの物語だと思う」と話し、巨人との戦いを諦めない主人公らに心を寄せた。

 2003年のイラク戦争による混乱から立ち直れないイラク。ファンのゼイナ・アメルさん(24)のいとこは11年に誘拐され行方不明になったままだ。犯罪が多発し、治安が安定しないイラクについて、壁の中で恐怖にとらわれているようだと感じる。「次々と人が死ぬ。紛争はやめなければならない」。

 ▽「人生の一部」

 講談社の担当編集者・川窪慎太郎さんが5月、ファンに感謝するツイートを英語で発信した。3万件以上の「いいね」が押され、欧米やアジア、中東などから「偉大な漫画をありがとう」「人生の一部だった」といったコメントがあった。増税法案に端を発した反政府デモが続いた南米コロンビアのファンは「勇気をもらった」とツイートした。

 米カリフォルニア州の男性(30)は、作品を一つのきっかけとして高校教師になり「第1次、第2次大戦の歴史を生徒に教えている」と振り返った。インドとペルーのファンは、貧困が「自国の壁」だとして作品に共感した。ネット上のコメントを見ると、言語や文化が異なる多くの若者が、自身が始めた人生の物語に「進撃」を重ね合わせていた。

 ▽世界の反応、予想外

 担当編集者の川窪さんが共同通信の取材にコメントした。作品について「諫山さんが幼い頃や思春期に日本で感じていた個人的な感情などをベースに、フィクションという形にした」とし、世界はもとより日本社会すら意識しておらず、各国ファンの反応は予想外だったと明かした。

 記者が取材した各国のファンの多くは作品を「私の境遇と似ている」と熱く語った。ただその上で「どう感じたか」をうまく説明できないように見えた。

 川窪さんは「年齢、性別、国籍、文化などに縛られず『言葉にできない感情』を共有できるのが物語の素晴らしさ」と指摘し、こう付け加えた。

 「人間が人間らしく生きていくためには言葉にできないものが必要だと思う。作品が言葉にできないものを思い返す手段として扱われていくとうれしいです」

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