ロシアのウクライナ侵攻を巡り、アジア各国の識者の受け止めは一様ではない。友好関係を維持しながら、欧米を意識してポジションを微妙に調整する中国、その中国に対峙する台湾やインドの立場は複雑だ。一方、北朝鮮は核兵器を維持することの重要性を再確認したと指摘される。(共同通信外信部)

 ▽中国とロシアの微妙な距離感 核戦争言及、脅しと思うな【上海外国語大の楊成教授】

 ロシアのウクライナへの軍事行動は中国政府や学者にとって想定を超えた事態だ。ウクライナや北大西洋条約機構(NATO)と軍事衝突すれば、ロシアの安全保障上の懸念は解消が難しくなるはず。しかしプーチン大統領はその手を打った。中国がロシアを支持しているとの西側諸国の見方は誤っており、米欧と異なる方法でロシアと距離を置いている。
 米国と同盟国の全面的な対ロ制裁はもろ刃の剣で、世界にインフレをもたらしている。経済減速で各国の社会問題が一段と噴出し、グローバル化のひずみが拡大。ポピュリズム(大衆迎合主義)や民族主義が台頭し、国際社会の無秩序化が加速するだろう。
 中国はウクライナ問題で完全にロシア側に立っているわけではなく、中立だ。ウクライナを含め国家の主権と領土の保全を尊重すべきだと主張している。米国や一部の欧州諸国が中国とロシアは一体とレッテルを貼ろうとしている。衝突をつくり出す恐れがあり、非常に危険だ。
 侵略を非難するのは簡単。しかしNATOが東方に拡大しなければ、ロシアはこうした行動を取らなかった。中国は(正誤を)断定することはしないが、それはロシア支持を意味しない。
 米国は状況が変わるまで静観する戦略のようだ。衝突の長期化は避けられない。中国が(停戦交渉に)協力することはできるが、核心的な役割を果たすのは現実的ではない。

 中国官製メディアはロシアが独立を承認した「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の呼称を使わない。公式に「戦争」とも「侵略」とも言わず、かぎかっこ付きで「特別軍事行動」と言う。ロシアの主張を完全には認めない微妙な距離感を示している。断定を慎重に避け、ロシア側でも西側寄りでもない。
 危機は東アジアだけでなく世界に軍拡競争をもたらすリスクがある。小国は大国がロシアのような行動を選ぶことを恐れ、大国は大国間競争が軍事衝突に発展することを懸念。結果的に皆、自国の国防建設を加速する。
 1962年のキューバ危機の教訓は、ケネディ米大統領が対立するソ連を瀬戸際に追い込まなかったことだ。ロシアを追い詰めれば最も極端な反撃に出るだろう。ラブロフ外相が核戦争を排除しない姿勢を見せたことを口先だけの脅しと考えてはいけない。(聞き手 大熊雄一郎)
   ×   ×   ×
 よう・せい 1977年生まれ。ロシア専門家。北京大を卒業後、中国外務省、在ロシア中国大使館でも勤務。北海道大スラブ・ユーラシア研究センターで客員研究員を務めたこともある。

 ▽頼れるのは自衛力 当てにできぬ「敵の善意」【台湾政府系シンクタンク、国防安全研究院の国防戦略・資源研究所の蘇紫雲所長】

 ロシアのウクライナ侵攻から台湾が得た最大の教訓は「敵の善意を当てにしてはいけない」ということだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は事前に対話を通じた外交解決を目指したが、ロシアの侵攻を押しとどめることができなかった。
 中国はかつてチベットと和平協定を結び、香港の「一国二制度」を50年間維持するとも約束した。だが、いずれもほごにした。台湾は軍事防衛力に依拠することでのみ中国に対抗して平和を確保することができる。
 バイデン米大統領はウクライナに派兵していないが、台湾有事の際には派兵する可能性が高い。沖縄や台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」の確保が大前提であるのは言うまでもない。台湾は日韓を含めた各国の航空機や船舶が往来する重要な交通路に位置している上、中国が台湾を占領し、中国軍が展開地域を拡大させると、米国自身の安全保障の脅威になるからだ。

 台湾は70年以上、中国による武力侵攻の危機に直面してきたため、台湾人は脅威に対する一定の耐性を備えている。だが、ロシアのウクライナ侵攻は台湾人の自己防衛意識を覚醒させた。現行の4カ月の軍事訓練を延長することに大多数の台湾人が賛成している。自己防衛がなによりも重要だ。
 蔡英文政権が国防費を増額するのは確実だ。増額は国防絡みの経済を活性化させることも期待できる。台湾は中国と海峡を挟んでいる分、ウクライナより幸運だ。海を渡る作戦は陸続きの作戦よりはるかに困難だからだ。台湾の防衛は旧来の陸軍中心ではなく、各種のミサイルの整備を主として推進していく。
 ロシアによるウクライナ侵攻は(1)民主主義国家の団結(2)軍事大国の作戦挫折(3)大規模な経済制裁の発動―という結果を生んだ。このため、中国は台湾に対する武力統一を放棄しないとしても、軍事行動に踏み切る可能性は多少低くなった。
 日米安全保障条約の第6条は、日本が「極東の平和」に資する基地を米軍に提供すると定めている。台湾有事も含まれている。日本は憲法の制約で直接派兵できないが、基地提供という後方支援体制を築いていることに感謝している。いつの日か、米国が防衛支援を約束した「台湾関係法」と同様の法律を日本が制定することを期待している。(聞き手 松岡誠)
   ×   ×   ×
 そ・しうん 1968年生まれ。台北出身。淡江大で政治学博士。国防大学准教授などを歴任。2018年から現職。専門は軍事戦略、国防産業。

 ▽ロシア弱体化望まず 経済制裁、対話に逆効果【印防衛研究所アショク・サッジャンハル委員】

 インドは国境紛争を抱える中国に対抗するために、ロシアとの独自の外交チャンネルを維持することが大事だと考えている。インドなりにウクライナ侵攻を巡るロシアへの批判を少しずつ強めているが、日米欧のように経済制裁を科して、ロシアを弱体化させることは望んでいない。
 印中両軍は2020年に中国チベット自治区とインド北部ラダック地方の係争地での衝突で死者を出し、緊張感は高い。中国が事を構えようとした場合、インドは独力で軍事的対処を迫られることを強く意識している。
 このためロシアの外交的支援は重要だ。ロシアが中国の攻撃的姿勢を少しは緩和させることができるかもしれないからだ。経済制裁でロシアが弱り、中国に完全に取り込まれてしまえば、ロシアの影響力はなくなる。そうした事態は避けたい。
 ロシアはインドの歴史的友好国だ。1971年のパキスタンとの戦争では、米国が艦隊をベンガル湾に派遣してインドを威嚇する一方、ソ連はインドを支援した。インドが98年に核実験をした際は日本を含む各国がインドに経済制裁を科したが、ロシアはしなかった。
 インドはウクライナ首都キーウ(キエフ)近郊ブチャで民間人が多数殺害されたことを強く非難したが、インドはもともと他国に経済制裁を科したり、他国の行動を強く非難したりしてこなかった。対話による解決の可能性を狭めるからだ。

 クーデターで国軍が全権を握ったミャンマーに対し、日本がインドと同様に経済制裁をしなかったのもこのためだろう。
 インドがロシアから原油を割引価格で購入したことが問題視されたが、自国民の生活を守るためで、インドのロシアからの原油輸入量は、欧州連合(EU)と比べるとごくわずかだ。EUはウクライナ侵攻以後に、ロシアから約380億ドル(約4兆8千億円)分のエネルギーを購入している。EUのウクライナへの軍事支援はこれよりはるかに少額だ。
 インドはロシアに兵器を依存してきたが、近年は米国の割合を高め、フランス、イスラエルなど入手先も多様化した。中国をにらんだ日米豪印の枠組み「クアッド」もインドにとって極めて重要だ。自由で開かれたインド太平洋地域の実現に向け、4カ国が貢献できることは多い。(聞き手 高司翔一郎)
   ×   ×   ×
 アショク・サッジャンハル 1952年生まれ。元外交官で駐スウェーデン、カザフスタン大使などを歴任。米国やロシア外交も担った。

 ▽北朝鮮は核強化の正しさを確信 ロシア敗北なら東アジアに影響【韓国慶南大・極東問題研究所の林乙出教授】

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は、ロシアのウクライナ侵攻に先立つ2019年にトランプ米大統領との会談が決裂し「対話や交渉で問題を解決する時代は終わった。生き残る方法は軍事力や核戦力強化しかない」との方向性を定めていた。
 そんな中で起きた(1990年代に旧ソ連由来の核兵器を放棄した)ウクライナへの侵攻は、金氏にとって戦略的判断の正しさに自信を強める決定的な契機になった。北朝鮮は決して核を放棄しないとの見方も強まった。
 北朝鮮はロシアを一貫して支持している。孤立する北朝鮮にとって、友好関係にある国は近隣国では中国とロシアだけ。国際社会で「北朝鮮の安全保障を考慮しなければならない」「制裁を緩和すべきだ」と肩を持ってくれる両国は戦略的に極めて重要だ。米国をけん制する上でも必要で、連帯の強化が政治、軍事、思想面でプラスになる。

 だから、北朝鮮としてはロシアがウクライナ国民を殺傷して国際社会の非難を浴びていても、ロシア側に立つほかない。
 だが、仮に欧米の支援を受けたウクライナが実質的に勝利し、ロシアが敗退するような場合、プーチン大統領の地位が揺らぐ。新たな大統領が出てくるかもしれないが、これまで通り北朝鮮を擁護してくれるとは限らない。そうなれば北朝鮮の立場からは国連安全保障理事会で北朝鮮への制裁決議などに拒否権を持つロシアの後ろ盾を失うことになり、相当な打撃を受けるだろう。
 それでも中国は残るわけだが、中国としてもロシアと協力して米国と対抗してきただけに、ウクライナ情勢の結末次第では米中ロ関係も変容しうる。結果として北東アジア情勢に少なからず影響を及ぼすかもしれない。
 では北朝鮮にどう対応すべきか。韓米日は抑止力を増強させる方向で、先制攻撃も議論されている。こういう対応では、北朝鮮が「強対強」の原則に基づき核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)追加発射に踏み切りかねず、挑発行為を自制させるどころか、むしろ脅威が増大する悪循環に陥る恐れがある。外交の窓を開かなければならない。対話を始めれば、挑発を続ける大義名分を奪える。非核化と北朝鮮にとっての安全保障上の脅威について虚心坦懐に話そうと提案すれば、北朝鮮は動くだろう。(聞き手 岡坂健太郎)
   ×   ×   ×
 イム・ウルチュル 1965年、韓国金泉生まれ。慶南大で政治学博士。新聞記者を経て2006年から現職。