2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻で、8月15日までの子どもの死者は、国連によると、計356人に上る。負傷者も計595人で、中には一命を取り留めたものの、長期のリハビリを余儀なくされる子どももいる。また外傷はなくても、長期間の避難生活の中で、精神的に不安定になる子どもが相次いで報告されている。「親から離れない」「物音に敏感になった」。住み慣れた街が戦場と化し、家族との別離で重圧を受ける子どもたち。小さな体で、戦争という過酷な現実を受け止めている。(共同通信=平野雄吾)

 ▽爆発の破片、今も頚部に「取り出せば脳出血の恐れ」

 

 6月中旬、ウクライナ西部リビウの小児病院。多くのぬいぐるみやお菓子に囲まれた病室で、頭に包帯を付けたベロニカ・クリコワさん(10)が笑顔で遊ぶ。病院によると、東部ドネツク州ブグレダルの自宅アパートが4月9日、ロシア軍の砲撃で崩壊し、地下シェルターで重傷を負った。父や祖母、叔父ら同居の家族全員が死亡した。隣人に救出されたクリコワさんは、東部ドニプロで応急処置を施された後、リビウに搬送された。左手の親指を切断したほか、右腕が部分的にまひしており、うまく動かせない。CTスキャンを行うと、医師らは頭部と頸部に爆発の破片のコンクリート片を見つけた。
 「頭部の破片は取り出しましたが、頸部のものをどうすべきかはまだ決まっていません」

 手術を担当した神経外科医タラス・ミュケティン氏は、筆者に1〜2センチ四方の破片を見せ、病状を説明した。
 「頸部の破片は皮膚から深さ約4センチ、椎骨動脈と脊髄との間に位置しています。摘出手術は可能ですが、動脈を圧迫しているため、取り出せば脳出血を引き起こす可能性があります。一方で、破片を残した場合、どんな影響が出るのかよく分かりません」
 

 現在痛みはないと話すクリコワさん。まひの残る腕で水を飲んだり、お菓子の包みを破いたり、日常生活はある程度1人で送れるようになった。笑顔で病院内を走り回るクリコワさんだが、家族を失った上、自身も重傷を負った現実は精神的な負担が大きいとみられ、病院側は「砲撃時の様子を質問しない」という条件で取材を許可した。
 退院の時期はまだ決まっていない。今後はまひの残る腕を中心にリハビリが待っている。それでも笑顔を絶やさず、医師や看護師とじゃれ合うクリコワさん。「将来はネイリストになりたい」。サクランボをほおばりながら、はにかんだ。

 ▽母にしがみつく少女、外傷なくても心に変調

 大きな外傷はなく、一見普通に見えても、戦闘で受けた激しい恐怖の体験が大人より未熟な子どもたちに大きな影響を与えることは、イスラエル軍による空爆に断続的にさらされるパレスチナ自治区ガザなど多くの紛争地域で報告されている。ウクライナも同様で、専門家による本格的な治療に至らなくても「心の変調」は子どもたちに現れている。

 「最近楽しかったことを絵にしてね」。6月中旬、リビウ郊外。森の中の広場に設けられたドーム型施設で、心理士マリア・チュシュクさん(22)が声をかけると、集まった7〜9歳の児童約20人が色鉛筆を手に取った。市民団体「シンシアハート慈善財団」が催す1日キャンプだ。ウクライナ各地から避難する子どもたちが共に遊び、親睦を深める。「戦争のない普通の子どもの時間」を取り戻すのが狙いで、心理士が担当したのは絵を描く心理テストだった。
 自宅や電車、プール、太陽―。子どもたちが思い出を描く。一見普通の絵に見えるが、チュシュクさんは「どの絵も線が強い。ストレスや怒りがたまっている証拠です」と指摘した。

 9階建て自宅アパートを描いたのはポリーナ・ピオリスナさん(9)。ウクライナ東部ハリコフから3月中旬、母カテリナさん(41)と2人でリビウに避難した。ロシア軍の攻撃にさらされたハリコフの自宅で約1週間、過ごしていた。上空を飛ぶロシア軍機、周囲が爆撃され揺れる自宅。壁に掛かる時計や絵画が地面に落ちた。「ママ、どこにも行かないで」。ポリーナさんはカテリナさんにしがみつき泣きじゃくったという。

 カテリナさんによると、ポリーナさんは自分が通っていた近所の学校が破壊されたのを目撃、避難のために駅へ移動中、車から布で覆われた路上の遺体も目にした。
 「死んだらどうなるの?」「(ペットの)猫はどれぐらい生きるの?」
 ポリーナさんは避難後、カテリナさんに生や死に関する質問をよくするようになった。親子で散歩していたとき、ある庭のベンチに置いてあったぼろぼろの少女の人形を見つけ「助けなきゃ」と言って拾った。

 「子どもの感情の敏感さには驚かされます。野良犬や野良猫も飼いたがるようになりました」
 カテリナさんはポリーナさんの変化を説明する。避難後、1人で寝られなくなり、リビウでは母娘、同じベッドに眠る。

 ▽終わりが見えない戦闘、高まる将来への不安

 国連児童基金(ユニセフ)は5月上旬、侵攻後に計14万人の子どもや保護者に心のケアを提供したと発表している。だが、避難民の精神状態は把握し切れていない部分も多く、ユニセフをはじめ子どもの支援団体は懸念を深めている。

 シンシアハート慈善財団はそんな子どもたちの精神的ケアを提供しようと4月から「リカバリーキャンプ」と名付けた1日キャンプを始めた。6月中旬までに約900人が参加、その後も継続している。絵の心理テストで気にかかる子どもには専門的な治療も勧める。

 同財団のクリスティナ・ドゥダシビリさん(39)は「当初は避難そのものへの不安が大きかったが、避難生活に慣れる一方、戦闘に終わりが見えず、今は将来への不安が高まっている」と指摘する。子どもの精神安定の鍵は親にあるとして、心理士が保護者の相談に応じる活動も始めている。
 ポリーナさんに自宅の絵を描いた理由を聞いてみると、「明日にでも帰りたいから」と即答した。「戦闘機の音が激しくて、爆弾の音も聞こえた。家がなくなるかと思った」と振り返る。カテリナさんは「いつ戻れるんでしょうね」とため息をつく。ポリーナさんはそんなカテリナさんの手をギュッと握った。