和歌山県内で61人が犠牲となった紀伊半島大水害から丸10年を迎えた4日、死者・行方不明者が29人に上った那智勝浦町や14人が犠牲になった新宮市で、遺族や行政関係者らが犠牲者を追悼した。災害の記憶を後世に伝えることや、災害に強いまちづくりへの決意を新たにした。
 那智勝浦町では同日午前1時から、那智谷大水害遺族会(岩渕三千生代表)が同町井関の「紀伊半島大水害記念公園」で、追悼供養の行事を営んだ。犠牲者の名前などが刻まれた石碑の前に、キャンドルの形をした発光ダイオード(LED)ライト29個を並べて、遺族や関係者約60人が黙とうをしたり、手を合わせたりした。
 豪雨で妻と長女を亡くした寺本眞一元町長(68)=同町湯川=は「この1年の状況を報告し、全国で災害による犠牲者が一人でも少なくなるよう祈った。この水害はずっとこれからも忘れない」と語った。また、8月に初孫の女の子が生まれたばかりといい、「災害や事故に遭わず、すくすくと健康に育ってほしい」と願った。
 おいが犠牲になり、その後に父も亡くした遺族会の岩渕代表(60)=三重県紀宝町=は「二度とこういう災害が起きてほしくないという気持ちは、ずっと変わらない。水害を忘れないためにも、追悼供養の行事はこれからも続けていきたい」と話した。
 新宮市では同日午前9時から、市消防本部の消防顕彰碑前で田岡実千年市長や市消防本部の職員、消防団長が殉職した2人の消防団員らを追悼した。
 引き続き、午前10時半からは同市熊野川町田長の道の駅「瀞峡街道熊野川」で「紀伊半島大水害犠牲者追悼献花」があり、市の幹部職員や遺族ら約30人が参列。黙とうをした後に慰霊碑の前で献花をし、犠牲者の冥福を祈った。
 参列した田岡市長は「毎年のように全国各地で、紀伊半島大水害のような大きな災害が起きている。市民の皆さまの安心、安全が最も大切であり、これからもこの水害を片時も忘れることなく、行政としてしっかりと対策をしていきたい」と決意を述べた。
◆紀伊半島大水害
 2011年9月の台風12号による豪雨災害。紀伊半島を中心に広い範囲で記録的な大雨が降り、多い所では解析雨量が2千ミリを超えた。各地で土砂災害や河川氾濫が起きた。和歌山県で56人、奈良県で15人、三重県で2人が死亡。3県で計15人が行方不明となった。