和歌山県内の死者・行方不明者が61人に上った2011年の紀伊半島大水害から10年となったのに合わせ、仁坂吉伸知事は5日、犠牲者の多かった那智勝浦町と新宮市、田辺市にある計4カ所の慰霊碑などに献花した。仁坂知事は「災害を真に忘れない。被害を忘れないのはもちろん、二度と繰り返さない仕組みを維持する」と決意を語った。

 3市町の犠牲者は那智勝浦町29人、新宮市14人、田辺市9人。住宅の全壊被害は那智勝浦町103棟、新宮市81棟、田辺市38棟で県内の9割以上が集中した。当初は3市町に2町を加えた合同慰霊祭を那智勝浦町で行う予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で延期した。
 献花したのは那智勝浦町井関、新宮市熊野川町日足、田辺市の熊野(いや)と伏菟野の4地区にある碑。
 伏菟野では山の深層崩壊により、人家がのみ込まれ、5人が死亡した。この日、伏菟野の災害復興記念碑を訪れた仁坂知事は、今は桜が植えられ被災時からすっかり姿を変えた山の斜面に向かって黙とうし、献花した。
 仁坂知事は「被害は復旧できるが、人の命は戻らない。61人もの犠牲が出たことは痛恨の極み。長い任期の中で一番きつい出来事だった」と当時を振り返った。その上で「ダムの事前放流や防災アプリの開発など、防災の取り組みは進んだ。運用方法を忘れないよう常に備えたい」と述べた。
 田辺市の真砂充敏市長も伏菟野と熊野は仁坂知事と、同じく犠牲者が出た本宮町三越の奥番地区は単独で訪れ、献花した。「被災直後の光景は今も目に焼き付いている。情報伝達の多重化や防災教育の充実に力を入れてきた。被災地を巡り、防災、減災への決意を新たにした」と語った。
 伏菟野の真砂恵一区長(71)は「災害で自宅が全壊したが、それでも地区を離れられなかった。復興は進んだが、災害の風化を感じる。後世に伝えるのが私たちの役目」、災害時に区長だった谷口順一さん(72)は「10年とはいえ、被災者の気持ちに区切りはない。しかし、知事や市長が被災地を思い続けてくれるのはありがたい」と話した。