(前編から続く)

第19回日本抗加齢医学会総会会長を務めた伊藤裕氏(慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授/慶應義塾大学百寿総合研究センター副センター長)は、今後アンチエイジングにおいては医学的に早期介入してライフコースを操作する「先制医療 (pre-emptive medicine)」の重要性が増すと言う。中でもゲノム(遺伝子情報)とメタボリズム(代謝)の2つが絡み合うスパイラルの中で老化が起きているという認識のもと、このスパイラルをいかに良い方向、すなわち負ではなく正の方向に相互作用させるかが重要だとした。

「ゲノム」エイジングと「メタボ」エイジング

近年、WHOは遺伝子変異に起因するがんと高血圧や糖尿病に起因する脳や心臓、腎臓などの機能不全を、「非感染性疾患 (Non-Communicable Diseases, NCDs)」を構成する2大疾患群と定義して注目。その予防と治療を医学・医療の世界的な最重要課題としている。伊藤氏の慶應大学チームの研究によると、百寿者(センテナリアン)ともなるとさまざまな病歴を持つ一方で、がんと糖尿病が他の病気と比較して非常に少ないと言う。裏を返すと、遺伝子の老化プロセス(ゲノムエイジング)におけるがんと、代謝機能の老化プロセス(メタボエイジング)における代謝異常の代表格である糖尿病を未然に防ぐことができれば長寿の可能性が高まるとも言える。

生きるということは、遺伝子レベルでは「遺伝子の複製」と「タンパク質の生成」という2つの役割で「遺伝子が使われる」ことを意味する。使われている遺伝子はダメージを受けやすくなり、ダメージが発生するとそれを修復しようとする。老化とはこのダメージが蓄積することであり、その一連のプロセスで大きな異常が発生すると重大な疾患につながる。

伊藤氏は、カロリー制限による寿命延長の責任遺伝子「サーチュイン遺伝子」や老化制御因子として知られる「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」に関する研究、塩分濃度に関する「記憶」が腎臓に格納されていることがマウスを使った腎臓移植実験で明らかになった研究など、慶應大学研究チームの例を紹介。また、ゲノムエイジングとメタボエイジングが絡み合う事例として、DNAダメージを修復する遺伝子を欠損させたマウスは老化が促進され寿命が短くなることに加え、その老化促進がカロリー制限により抑制されるという研究について解説した。

DNAダメージとエピゲノム 変化

DNAはダメージを受けると修復因子が活動する。その修復因子には「エピゲノム変化」を促進する作用がある。エピゲノム変化とは、DNAやDNAに巻き付いているヒストンという部分が刺激を受けることでアセチル化やメチル化と呼ばれる変化とともにその遺伝子の働き、つまり「使われ方」が変化する現象。この場合、「塩基配列」というDNAの情報自体は変わらず遺伝子の働きだけがスイッチでオン・オフを切り替えるように変化する。この変化は新たな刺激により元に戻ることもあれば二度と戻らないこともあるが、この変化が胎児期に発生した場合はそれが一生固定されてしまう可能性が高いとも言われている。

伊藤氏はさらに、まださまざまな研究が並行して進展する途上だとした上で、ゲノムエイジングにおける時間的な新たな指標として、特定のDNAのメチル化度から老化年数を測る「エピゲノム年齢(epigenetic age)」が近年注目されていると紹介。細胞や臓器という次元での時間や記憶の概念が加齢や老化における重要な要素として認識されており、その次元で早期から老化にブレーキをかけることが抗加齢医学における中長期的な最重要課題であることを示唆した。

異次元アンチエイジング時代の医師・医療とは?

会長講演の締めくくりとして伊藤氏は医師や医療を上・中・下に分ける中国古来の分類法を紹介した。「上医はいまだ病まざるものの病を治し,中医は病まんとするものの病を治し,下医はすでに病みたる病を治す」という定義だ。下医は病気が起きてから治すという従来の医師・医療で、病気が起ころうとしている時に治すという「中医」はまさに先制医療だと言う。その上で、病気になる前に治す(防ぐ)「上医」は若さを維持することで病気を予防するポジティブな医療だとした。それをつきつめると、未来の医療においては医師に限らず誰もが自分自身の「上医」として一定の役割を担うことになり、そこではAIを含むIT、他者との関わりや生活の場としての社会がこれまで以上に重要な役割を果たすことになると結んだ。多彩な演目で総会プログラムが構成された理由の一つはここにあった。

大小とりまぜて10ヶ所近いホールで3日間にわたり開催された第19回日本抗加齢医学会総会。基本的には医師をはじめとする医療従事者から成る学会員や非学会員の医療従事者を対象とした学術集会のため、当然のことながらその内容は専門家や医療・健康情報に関するリテラシーが高い層へ向けたもの。ただ、抗加齢医学は新しい領域であるだけでなく、その対象が多岐にわたり、その中には一般レベルでも注目すべき潮流やキーワードもある。

開催前から発信されていた伊藤会長のメッセージの中には今回の大会で「抗加齢医学のQuantum Leap (クアンタム・リープ)を目指します」という言葉があった。Quantum Leapは「量子跳躍」という物理学用語で、連続的ではない大きな飛躍を意味する。いわゆる「ホップ、ステップ、ジャンプ」の三段跳びのような跳躍ではなく異次元への飛躍を狙った言葉だ。また、日本抗加齢医学会のウェブサイトには「抗加齢(アンチエイジング)医学の独自性」と題したセクションがある。そこには、抗加齢医学が健康寿命を延伸する医学であること、複数の領域にまたがる学際的な学問であることに加え、「生活者に積極的に行動変容を起こす医学」であることが掲げられている。

「幸福寿命」という新しい概念を主軸に据えることでアンチエイジングの「異次元」の存在は明らかになった。その異次元に向かって飛躍し到達できるかどうかは、この先、日本抗加齢医学会とその会員だけでなく、超・超高齢社会へと突き進む日本に暮らす我々生活者が日頃からアンチエイジング医学・医療の最新情報にアンテナを張り、どのような行動変容を起こすかにかかっているとも言えるだろう。


【関連サイト】

第19回日本抗加齢医学会総会
http://www.c-linkage.co.jp/19jaam/

「百寿社会の創造」シンポジウム(第19回日本抗加齢医学会総会同時開催)
https://www.c-linkage.co.jp/centenarians2/

日本抗加齢医学会(公式ウェブサイト)
https://www.anti-aging.gr.jp/

医師・専門家が監修「Aging Style」