今週国内男子ツアーで行われるはずだったのが、「ダンロップ・スリクソン福島オープン」。同大会は1995年から13年までツアー外競技として行われ、14年からトーナメントに組み込まれた。男子ツアーが東北で行われたのは、実に7年ぶり。07年まで開催されていた「JCBクラシック」以来となる待望の1試合だった。


第1回大会を制したのは小平智。13年の「日本ゴルフツアー選手権」に続く2勝目を挙げた。歴代王者を振り返ると、6人中3人がホスト優勝を挙げている。昨年は星野陸也が通算2勝目を達成、18年は秋吉翔太がシーズン2勝目、15年にはシニア王者のプラヤド・マークセンが契約プロとして勝ち星を挙げ、大会に華を添えてきた。17年覇者は宮本勝昌が11勝目を達成と、実力者が制している。

その中で、唯一の初優勝者が誕生したのが16年。この大会でキャリアを開花させた時松隆光だ。今ではツアー通算3勝、20年からは選手会長に就任してすっかりツアーの中核となっているが、時松の“シンデレラストーリー”が幕を開けたのがこの年だった。

当時、男子下部ツアー(現AbemaTVツアー)を主戦場としていた時松。福島オープンの約1ヵ月前に行われた下部ツアー「ジャパンクリエイトチャレンジin 福岡雷山」で初優勝を挙げて福島オープン出場権を手に入れ、レギュラーツアーへの出場はそれが2試合目だった。

そこでいきなりのレギュラーツアー初優勝。さらに時松の成功物語はここで終わらず、その活躍を評価されて出場が決まったツアー外競技「ネスレマッチプレーレクサス杯」で優勝し、1億円を獲得。下部ツアー初優勝からおよそ1ヵ月で、1億1180万円を稼ぐという例にない大躍進を見せた。

ちなみに、今ではテレビ出演などの効果もあり、時松を “ゲンちゃん”としてご存じの方も多いだろう。この優勝の前年に本名の「源蔵」からJGTOの登録名を「隆光」に改名。なじみのある本名に戻そうか思案していた最中での優勝で、一躍その名が知られることとなった。

もともとは地区オープンからスタートした本大会。賞金総額は5000万円(19年)と男子ツアーの中では高くはない金額だが、毎年東北を賑わせている重要な大会のひとつだ。

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