1980年にプロデビューし、倉本昌弘、牧野裕と共に「日大三羽ガラス」と呼ばれた湯原信光が、きょう8月14日に65歳になった。近年は怪我や病気に悩まされることが多く、2021年はシニアツアー11試合に出場し、5試合で棄権。今季は生涯獲得賞金20位以内の資格で、国内シニアツアーに参戦している。


7歳からゴルフをはじめ、1974、75年に「日本ジュニア」を連覇。日大時代の79年には「日本アマ」を制した。80年にプロデビューを果たすと、2年目の81年「関東オープン」で初優勝。同年は「ジーン・サラゼン ジュンクラシック」も制して年間2勝、賞金ランキング5位に入った。

83年、90年は1勝ずつ、92年は2勝を挙げているが、病気や怪我とも戦っていた。88年には肝炎で生命の危機にさらされ、93年はスキーで右ヒザを痛め、96年は右ヒジ痛。99年は椎間板ヘルニアで中盤までツアーを欠場している。

ツアーを代表するショットメーカーで、特にアイアンショットには定評がある。怪我と戦いながらも20年間シードを守った原動力で、1998年、00年と01年は2年連続でパーオン率1位を獲得している。02年には「久光製薬 KBCオーガスタ」で10年ぶりのツアー7勝目。その際、手にしていたのは、3年間試行錯誤して作り上げたという、湯原のこだわりが詰まったアイアンで、その後限定で発売され人気を博した。

13年からは東京国際大学のゴルフ部監督に就任。現役のプロゴルファーが学生を指導するのは日本では初めてとあって注目を集めた。就任当時、関東ゴルフ連盟Cブロックだった同ゴルフ部を1年足らずでAブロックに昇格させるなど、その手腕は高く評価されている。

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