50歳以上のプロゴルファーが持てるテクニックを駆使して真剣勝負を行う国内シニアツアーは、シーズンの佳境を迎える。レギュラーツアー通算8勝の細川和彦は、昨年シニアデビューを果たして賞金ランキング2位。将来的にはチャンピオンズツアーへ挑戦する夢も持つ。第2のツアープロ人生を充実したものにと燃える細川の横顔に迫る。(取材/文・山西英希)


■次代のエースを襲った潰瘍性大腸炎

1995年に24歳でツアー初優勝を飾った細川和彦は、その後も順調に勝ち星を重ね、2001年の「アコムインターナショナル」でツアー7勝目を飾る。1999年には師匠でもあった尾崎直道と賞金王争いをしたり、2000年にはPGAツアーの「ケンパー・インシュランス・オープン」で2位に入るなど、次代のエースを担う存在として期待された。

ところが、好事魔多しではないが、01年にいきなり国の指定難病でもある潰瘍性大腸炎を患う。1日50回もトイレへ行き、1カ月間病院のベッドで点滴を受けながらの闘病生活を強いられてはゴルフどころではなかった。

「一時はゴルフを辞めようとすら考えましたよ」。同じ立場にならなければ理解できないほどの苦悩を抱えていたが、家族の献身的な支えがあったからこそ、もう一度クラブを握ろうと決意する。もちろん、ツアーに復帰してもすぐには本来のゴルフを取り戻せなかった。

翌02年は1日1キロ体重が落ちる時もあった。「バスタオルを腰に巻いてズボンをはいてごまかしていました。体に力がないからただクラブを振るだけ。それでも振らない分曲がらないので、予選を通っちゃうんですよね。ほんとゴルフって面白いなと思いましたよ」と笑う。未勝利ながら賞金ランキング44位で賞金シードを落とすことはなかった。

その後、05年には「日本ゴルフツアー選手権宍戸ヒルズカップ」で復活優勝を飾る。優勝を決めた細川の胸に飛び込んできた長男の和広君は当時5歳だったが、現在22歳の大学4年生となり、卒業後はプロゴルファーを目指すという。

■いつ発症するか分からない戦いは今でも続く

シニア入りした今でも持病との戦いは続いている。今でこそ9ホールを終えたと同時にトイレに駆け込むことはなくなったが、常に飲み物には気をつけているという。「意外に思うかもしれませんが、市販の水がダメなんですよ。成分がよく分からないですからね。だから、スポーツドリンクとか、お茶を飲むことが多いですね」。

基本的には薬で病気を抑えているが、いつ発症するか分からない恐怖との戦いでもある。とにかく体によくないとされるものは入れないようにするのが一番らしく、たとえ医薬品でも体に合う、合わないがあるため、簡単に口にできないという。実際、歯が痛くて抗生物質を飲んだら、それが大腸に影響を与えるもので、ひどい目にあったこともあるくらいだ。

「その意味では海外の試合に行くのはちょっと不安があります。日本ほど衛生的ではないですからね。まあ、日本にいるときよりも薬の量を増やして対処しようと思います」。苦しいときも少なくないが、同じ病気を持つ人たちを勇気づけるためにも、試合に出る以上はいい結果を残したいという細川。今はただ全力を尽くすことしか考えていない。

■細川和彦
ほそかわ・かずひこ/1970年12月28日生まれ、茨城県出身。身長177センチ、体重80キロ。日体荏原高校に入学してからゴルフを本格的に始める。日体大学時代から尾崎直道を師と仰ぐ。大学卒業後の93年にプロ転向。ツアー参戦2年目の95年に「久光製薬KBCオーガスタ」でツアー初優勝を遂げる。99年には師匠の尾崎直と最終戦まで賞金王を争いって賞金ランキング2位。01年に難病指定の潰瘍性大腸炎を患う。2021年からシニアツアーに参戦し、賞金ランキング2位に入った。レギュラー通算8勝、シニア1勝。茨城GC所属。

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