■自分を犠牲にして、家族につくしすぎていませんか?




あなたは自分のことは二の次にして、家族の世話や家事をきちんとやるタイプですか? そんなあなたは「しっかり女房」として、周りからの評判も上々なのではないでしょうか?



自分の人生を夫や子どもに捧げてつくす。こうした「自己犠牲」の精神は、長い間日本女性の美徳としてたたえられてきました。しかし、実はこうした「いい妻」「いい母」こそ、夫婦や家庭のトラブルを生む元凶になることがあります。



自分を犠牲にして他者のために生きるのは、一見美しい生き方のように見えます。しかし、裏を返せば、「自分の人生を生きていない」ことにもつながります。





■自己犠牲の心の裏に、何がひそんでいるか







実は、自分を犠牲にして他者につくしていると、思わぬ落とし穴にはまりやすいのです。



「共依存」という言葉をご存知でしょうか?ある対人関係に依存することで、自分の存在価値を見出す依存症です。その裏にあるのは、依存した相手の人生を支配したいという欲望です。



「私が支えているから、うちの家族はなんとかここまでやってこれた」


これは、多くの主婦が感じることかもしれません。しかし、この思いの根っこを探っていくとどうなるでしょう?「私がいなければ、この家は成り立たない」⇒「この家の舵を握り、管理しているのは私だ」という支配心にたどりつきます。



この隠れた支配心こそが、家庭を空虚にし、家族の自立を阻む原因になるのです。では、どのように転換したらよいのでしょうか?


■共依存が生む家族の悲劇







自分を犠牲にして家族につくす「いい妻」「いい母」は、日本の家庭ではあたりまえの存在でした。しかし、それを押し付けると、家族の自立性や家庭のくつろげる雰囲気は生まれません。



共依存妻がお湯ひとつ沸かせない夫を生み、また共依存母がマザコンの子どもやパラサイトシングル、アダルトチルドレンを生む元凶になりやすいのもまた事実です。



そしてさらに、共依存は子どもが家庭を持った後の嫁姑問題、自分の老後における介護問題にも関わってきます。自分の人生を犠牲にしたのだから、その見返りを家族に求めるのは当然だと傲慢になっていく人もいます。



■自分の人生を見つめ直してみる




「家族のためにこれだけつくしてるのに、どうして笑いがないんだろう」

「妻として母として精一杯やってきたのに、なぜか家族はしらけている」


こんな風に感じたときには、あなたの共依存が災いしていないか、自問してみる必要があります。



そして、「自分は自分の人生を生きているか」を問い直してみてください。共依存を認め、問題に向き合っていくことが、自分の人生を見つめ直す大切な契機にもなるのです。



もし共依存に気づいたときには、一度依存症を専門とするカウンセラーに相談してみることも一考です。カウンセラーを通じて、グループミーティングなどに参加すると、同じ問題を抱えた人と語り合うこともできます。



共依存に縛られた家庭からは、本当の信頼とやすらぎは生まれません。家族の幸せを願う前に、まずあなた自身の心を満たすことを考えてみる必要があるのではないでしょうか?

大美賀 直子