■怒りの感情は理性を失わせる
あなたが貧しくなりやすい人かどうかを判定するクイズを出したいと思います。ちょっと下世話な例ですが、おそらく多くの人が知っていると思いますので、あえて使わせていただきました。

ある女性タレントと、男性議員の不倫疑惑が報道されました。これを見て、あなたはどう思いますか?

A けしからん。議員としてふさわしくない。
B どうでもいい

Aの感想を持った人は、貧しくなりやすいと言えます。その理由は2つあります。ひとつは、小さなことに目くじらを立てて怒りをあらわにする人は、物事の本質を見失いやすいからです。人間は感情に支配されると、理性や論理的思考力が低下し、合理的な判断ができなくなります。

たとえば投資でも相場が暴落すると、恐怖に囚われパニックになって損切に走ったり、積み立てを停止したり、投信を解約するという行動に出ます。そのため、実はそのときが大底で、安値を拾うチャンスを逃して損失を確定させただけ、ということが起こりがちです。

また、負けを取り返そうとムキになり、一発逆転の無茶なポジションメイクをしたりします。「損したぞ!どうしてくれるんだ!」と証券会社や運用会社に怒鳴り込む人もいます。

特に怒りの感情は、脳の前頭葉の働きを一時的に麻痺させ、善悪の判断力、つまり理性を失わせることがわかっています。そのため「ついカッとなってやった」などという事件が起こるわけです。

だからというわけではありませんが、組織の中でもいちいちイライラする人の指示は的外れなことが多く、重要な仕事を任されるチャンスに恵まれにくいと言えます。(いつも怒鳴っている部長や社長がいますが、それは社内向けだけで、外ではニコニコ朗らかな態度をとるなど、戦略的に人格や振る舞いを使い分けているものです)

■思い込みは想像力を低下させる
もうひとつの理由は、自分の思い込みが強すぎるあまり、想像力が低下するからです。不倫した議員を叩く人たちには「政治家はかくあるべし」という正義感があるのでしょう。「政治家としてふさわしくない」と言いますが、そのふさわしさはいったい誰が決めたのか。自分のなかにある「ふさわしさ」というモノサシあり、それが全員の常識であると思い込み、それを押し付けたいのです。

しかし、政治家がプライベートでどんな恋愛をしようと、国民や市民の幸福に寄与することはありません。つまり政治家には政治能力を問えばいいはず。

実態は当人同士しかわからないことですが、仮にその行為が法に触れていたとしても、不倫は民事の範疇ですから当事者同士が問題にするかどうかです。たとえば代金を払わないというのも争えば民事事件ですが、「別にいいよ」と当事者が問題にしなければ外野があれこれ言っても仕方がないのと同じです。もし刑事事件に該当するレベルの犯罪であれば、それは警察と司法の出番であり、やはり外野があれこれ言っても仕方がない。政治能力よりもプライベートなゴシップを重視して辞任に追い込むとしたら、そもそも何のための公約や選挙かわからない。

政治家が道徳的であるかどうかと私たちの幸せには何ら関係がないわけですが、それでも社会正義上や国民感情的にまずいというなら、たとえば減給処分にして続投させれば、非常にコストパフォーマンスのよい人材となり、これは国民にとってもメリットでしょう。

これは職場でも起こりがちで、「そんなのはおかしい」と自分の正しさを主張する人がいますが、「じゃあ、具体的にどうしたいんだ?」と聞くと、答えが返ってこない。「こうすべきです」と主張する人に、「じゃあ、お前やってみろ」と言うと腰が引ける。結局、自分の正義を振りかざすだけで、何も考えていないのです。

つまりちょっとしたことですぐイラっとする人は、精神が幼稚なのです。こういう人が、仕事で重要なポジションを任されたり、ヘッドハンディングされたり、あるいは新しいビジネスモデルを考えたり、市場のゆがみを捉えて資産運用で財を成すということができるでしょうか。

午堂 登紀雄