筆がのっているとは、まさにいまのKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんのことをいうのだと思う。ここ数年、発表する作品がことごとく面白い。しかもその作品ときたら、最高にくだらなくてバカバカしいコメディから、ラブストーリー、シニカルな不条理劇、そして翻訳劇の演出と、驚くほど多彩。そのうえ、演劇活動の合間を縫うようにミュージシャンとしても活動していたりするのだからすごい。

――主宰されている劇団、ナイロン100℃(以下、ナイロン)が、今年結成25周年と銘打って公演をおこなっていますけれど、長く活動してきて、作家と劇団員の信頼関係が築かれているからこそ出せる面白さを実感しました。

KERA:いつもギリギリですよ。いまに始まったことじゃないですけれど、ここまでギリギリで稽古しているのかっていうくらい(苦笑)。ただ、その時どきの自分や集団の調子があって、いまは互いに調子がいい状態ではある。あと、僕も周りも場数を踏んで、ナイロンとしてこだわる部分、さして重視しなくていい部分のさじ加減がわかってきたというのはあると思います。

――犬山イヌコさん、峯村リエさん、三宅弘城さん、大倉孝二さんなど、劇団員の方々の多くが、いまや映像作品でも活躍されています。劇団を25年続けられた理由はなんだと思われますか?

KERA:やめ損ねた(笑)。10周年の頃はもう解散も遠くないと感じていました。だけど劇団じゃないと作れないものがやっぱりあって、いざ創作に入っちゃうと楽しくて、その魅力に抗えなかったんでしょう。あと、僕らの場合、早くからへんに騒がれすぎなかったのがよかったんだと思います。スキルが伴わないうちに持ち上げられるとそこで終わってしまうから。…まあ、演劇とは違うところで嫌な騒がれ方はしましたけどね。その頃はたいてい、松尾スズキさんの大人計画とペアで、演劇界の異端児みたいなサブカルの括りで扱われた。おかげで演劇に興味のある方々からは敬遠され、新聞の劇評も出ないし、こうした取材だって一切来てくれませんでしたから。

―――それがいまや、岸田國士戯曲賞の選考委員をされるなど、気づけば演劇界の中心に身を置いていることをどう思われますか。

KERA:居心地は良くないですよ(笑)。隅っこにいた方がずっと楽ではあるけれど、やらせてもらえること、やれと背中を押してもらえてることには、素直にありがたいと思っています。やりたくてもやれない状態の人だっていっぱいいますからね。震災の時に、創作を続けられる環境を用意してもらえているのは当たり前じゃないってことを痛感しましたから。

―――他の若い劇団の公演にも頻繁に足を運ばれていますよね。やはり今後の演劇界を担っていかなければ、という思いはありますか。

KERA:演劇界の未来を考える余裕はまったくないのですが、ある部分は担わなきゃいけないのかなとは思っています。…でも、若い人は面白いですよ。というか、僕は基本的に“若い世代がつねに正しい”と思っています。僕が正しく彼らの意図を汲み取れているかはわからないけれど、すでに出来上がっちゃっているベテランたちより面白い若者はたくさんいます。技術が追いついていないためにいまひとつ表現できていないものが多いんですけど、やろうとしているビジョンを汲み取ることはできる。

―――新しいものに出合った時の焦りみたいなものはありませんか?

KERA:ないですね、もはや焦りは。ただ、ウチは代々早世の家系なこともあり、自分は50代までしか仕事ができないと思って、このままではいろんなことをやり残すぞと、そういう意味で焦った時期はありました。でもいま55歳…アラ還(還暦)にもなると、焦っても仕方ないという方向に気持ちも変わってきています。

ケラリーノ・サンドロヴィッチ 劇作家、演出家、映画監督、音楽家 1963年1月3日生まれ、東京都出身。’80年代にニューウェイブバンド・有頂天として活躍すると同時に、インディーズレーベル・ナゴムレコードを運営。’85年に演劇活動を開始し、’93年にナイロン100℃を旗揚げ。’99年に岸田國士戯曲賞を受賞し、以降、さまざまな演劇賞を受賞。映像作品にはドラマ『怪奇恋愛作戦』などがある。

作・演出を手掛ける新作、KERA・MAP#008『修道女たち』は、10月20日〜11月15日まで下北沢・本多劇場にて上演。その後、兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、北九州芸術劇場 中劇場でも公演。出演に、鈴木杏、緒川たまき、鈴木浩介、高橋ひとみほか。キューブ TEL:03・5485・2252(月〜金曜12:00〜18:00)

※『anan』2018年10月24日号より。写真・小笠原真紀 インタビュー、文・望月リサ

(by anan編集部)