いまや世界の関心はコロナの脅威に集中しているものの、その裏ではさまざまな問題が同時に発生しているのも事実。とはいえ、ニュースではその一部しか知ることができないと感じている人も多いのでは? そこで今回は、現代の抱える闇に迫る話題作をご紹介します。それは……。

予測不可能な感動作『パブリック 図書館の奇跡』

【映画、ときどき私】 vol. 313

記録的な大寒波に見舞われた米オハイオ州シンシナティ。ダウンタウンにある公共図書館には、寒さをしのぐために大勢のホームレスが開館前から列をなしている。そんな彼らに対して実直な図書館員のスチュアートは、寛容な態度で接していた。

ところがある日、行き場を失い、命の危険を感じたホームレスたちがやむにやまれぬ事情に駆られて図書館のワンフロアを占拠してしまう。突如として勃発した大騒動に巻き込まれたスチュアートも、事の重大性を察して館長に直談判するのだった。そして、彼らは信じがたい行動に出ることに……。

いくつもの“サプライズ”とともに、貧富の格差や政治的分断が深刻化するアメリカの現実をあぶり出している本作。絶賛の声が寄せられるなか、作品に並々ならぬ思いを抱いているこちらの方にお話をうかがいました。

俳優で監督のエミリオ・エステベスさん!

俳優マーティン・シーンと女優兼プロデューサーのジャネット・シーンを両親に持ち、弟であるチャーリー・シーンをはじめ、家族全員が俳優という芸能一家で育ったエステベスさん。80年代にはハリウッドの青春映画スターとして一躍人気を集めましたが、現在は作り手としても才能を発揮しており、今回は製作・監督・脚本・主演の4役を務めています。

そこで、本作の舞台となる図書館での思い出や長年温め続けてきた念願のプロジェクトを通して伝えたい思いについて、語っていただきました。

―この作品は、完成までに11年かかったそうですが、時代とともに変化していく状況などを反映しながら作っていったのでしょうか?

エステベスさん 確かに、その間に起きた社会情勢や出来事は反映されています。何と言っても、時間があるぶんだけ、いろいろと考えながら作れるというのはいいことでしたからね。このユーモアが実際に人に響くかどうか、笑ってもらえるか、といったことをいろいろな人に読んでもらいながら試すことができました。

―脚本を書くうえで、苦労したところはありましたか?

エステベスさん 自ら脚本を手がけて、出演もする作品の場合、「脚本を書く時間が足りなかった」と言う人がよくいるんだけど、僕はスティーヴン・キングの教えを参考にしています。

その教えとは、本をいったん書き終わったと思ったら、まず置いて、数週間経ってから再びそれを読み、そこで終わったかどうか決めるべき、というもの。僕も実際にそういうやり方をしています。

時間をかけたおかげで、いまの時代に通じる作品になった

―なるほど。では、11年もの歳月をかけたからこそ、描けた部分があれば教えてください。

エステベスさん 映画業界では「こんなに時間がかかるってことは、何か問題があるんじゃないの?」ということを言われたりするんだけど、時間が経つにつれて、より多くの人に伝わるような作品になっていると感じています。つまり、2008年に作っていたよりも、いまの時代に通じるものになったんじゃないかということです。それが、時間をかけたことのいいところだと思います。

2007年に経済危機が起こって2008年はダークな時代となり、2016年にはトランプの当選でさらにダークな時期に入っていきましたが、そんなときに製作することになったのがこの作品でした。でも、いまがこんな時代になってしまうなんて思いもしませんでしたが……。

―確かに、11年前といまとではあらゆる点において、大きく変わってしまいましたよね。そのなかで、ホームレスなどの生活困窮者の置かれている状況は改善されていると感じていますか?

エステベスさん 悲しいことに、状況が変わったとは言えないと思います。特にコロナ後は、世界的な不況に見舞われるので、予算カットの最初の槍玉にあげられるのが図書館なんじゃないかなと。

僕は、シンシナティの図書館でパスポートを更新できましたが、それだけのサービスを公共図書館は与えているのに、また危険にさらされるのではないかと心配しています。

子ども時代は図書館が僕のベビーシッターだった

―本作は、公共図書館の元副理事が寄稿したエッセイにインスピレーションを受けたことがきっかけだったということですが、リサーチの過程で驚いたことがあれば、教えてください。

エステベスさん 今回のリサーチのなかで学んだのは、図書館に来る人と図書館員との会話には守秘義務のようなものがあるということ。法律で決まっているというわけではないですが、医者と患者、弁護士と依頼人の間にあるようなものに近いそうです。

だから、たとえば僕がデスクで図書館員と話しているときに、誰かが何かを聞きに来たとしたら、僕はその場を離れないといけないのだとか。それくらい、彼らの間の会話というのは聖なるもので、聞いてはいけないし、他人には明かしてはいけないものなんですよ。

―それは初めて聞きました。ちなみに、エステベスさんご自身にとって、図書館での忘れられない思い出はありますか?

エステベスさん 子どものころは、親がよく図書館に連れて行ってくれて、「遊んでいなさい」と言われていたので、僕にとっては図書館がベビーシッターみたいなところがありました。当時のことで覚えているのは、図書カードみたいにそれぞれカード式になっていた本があったり、カタログを調べたりしたこと。

これは日本も一緒だと思うけど、図書館のソートのシステムに数字がいっぱいあって、そういうシステムをまず学ばないと図書館のどこにどの本があるのかわからないんですよね。確か、小学校でそういう授業があった気がするんだけど……。

僕はちょっとオタクっぽい子どもだったから、「今月はこのSFの本を1冊読む」みたいなクラブに入ってたんです。なので、新しいSFが入るたびにすぐに読んでいたし、マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』も5、6回読んだほど。だから、自分の学校に通い始めたころの思い出と、図書館で過ごした思い出というのは、ほぼ同じだったと言えますね。

これからもみんなに声を上げていってほしい

―図書館は大事な存在だったのですね。現在のアメリカについてもおうかがいしますが、人種差別などについて多くの人が声を上げている状況にあると思います。今後、どのようになっていってほしいか、思いを聞かせてください。

エステベスさん まさにいま、「自分たちの声をどんなふうに使って、相手に届けたらいいのか」ということをみんなが理解しはじめているところではないでしょうか。それもあって、かつてよりも多くの人が声を上げているんだと思っています。

アラブの春や香港のデモにおいても、若い人たちが声を上げていますが、沈黙することに疲弊して、本物の変化というものを求めるために自分たちが声を上げなければいけない、と考えていることの表れですよね。

もちろん、その裏では経済格差がより厳しくなるところもありますが、若い人たちは「自分たちの未来は、自分たちが声を上げなければ荒れ果てて寂しいものになるんじゃないか」と感じているんだと思います。それが環境に関してでも、政治に関してででも、あるいは市民の権利を奪うような反民主的政府に対してであってもいいので、みんなに声を上げていってほしいですね。

現場で印象に残っているエピソードとは?

―そういう思いが、どんどんと広がっていくといいですね。また、今回の現場の様子についてもおうかがいしたいのですが、本作には、アレック・ボールドウィンやクリスチャン・スレイターといった豪華なキャストが集結しています。現場での裏話があれば、教えてください。

エステベスさん アレック・ボールドウィンが何よりもすごかったのは、他の人のセリフも全部に入れて現場に来たこと。そういう人は、2度仕事をしたアンソニー・ホプキンス以来ですよ。でも、監督としてはすごく緊張するんですけどね。

クリスチャン・スレイターは、今回道路に寝て、自分の“男らしさ”みたいなものを証明するシーンがあったんですけど、マイナス11度くらいのなかで準備をしてもらったんです。ただ、クリスチャンに声をかけて寝っ転がってもらったあと、しばらくして「本番にいくよ!」と合図をしたら「え? いま撮ってなかったの!?」と言われました。これまで3回一緒に仕事をしたんだけれど、これは唯一彼が怒った瞬間でしたよ(笑)。

他人に対して勝手なイメージを押しつけてはいけない

―そのあたりも、これから観る方には注目してほしいですね。それでは最後に、日本の観客にも本作を通じて伝えたい思いをメッセージとしてお願いします。

エステベスさん 僕たちは社会的に弱い立場にいる人だったり、ホームレスだったり、肌の色が違う人だったり、声なきものに対して、こういうストーリーがあるんじゃないか、と勝手に思い込んでしまうところがあります。たとえば僕の場合も、「エミリオ・エステベスはこういう育ち方をしたんじゃないか」というイメージを押しつけられたりしますからね。

でも、そういうことは、誰もがやっていることだと思っています。たとえば、外を歩いているときに、自分より恵まれない方を見ると、「この人はこういうことをしたから、こうなっているんだなぁ」と思ったりすることもありますよね。でも、往々にしてそういう物語は実は間違っていることが多いので、そんなふうに他人のストーリーを勝手に作らずに、違う見方をしてほしいと思います。

あとは、スマホやコンピューターを持っている方は、公共図書館の果たしている役割についても、改めて考えてほしいですね。つまり、それくらい必要不可欠な機関なんだ、ということです。そういった理由もこの映画のなかではたくさん描いているので、みなさんにもそれが伝わるといいなと思っています。

勇気ある行動と希望に心を動かされる!

ホームレスなどの社会的弱者の現状を描きつつ、スリルとユーモアを見事に織り交ぜて描いている本作。そこで繰り広げられる人間ドラマ、そして思いがけない衝撃のラストは、観る者の心を掴んで離さないはず。こんな時代だからこそ、声を上げることの大切さを実感してみては?

エモーショナルな予告編はこちら!

作品情報

『パブリック 図書館の奇跡』
7月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:ロングライド

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