2020年は、大切な人を突然失う悲しみや喪失感について改めて考えさせられる瞬間も多かったと思いますが、そんな苦しみと向き合う主人公のリアルな姿を描き、各国で絶賛されている映画がまもなく公開を迎えます。それは……。

ミステリアスな話題作『おもかげ』

【映画、ときどき私】 vol. 334

スペインに暮らすエレナは、元夫と旅行中の6歳の息子から「パパが戻ってこない」という電話を受ける。ひと気のないフランスの海辺から助けを求める息子の声。エレナにとっては、それが息子の声を聞いた最後となる。

それから10年が経ち、エレナはその海辺のレストランで働いていた。ある日、そこで偶然出会ったのは、息子の面影を宿した少年のジャン。エレナを慕うジャンは、お店を頻繁に訪れるようになる。しかし、徐々に距離を縮める2人の関係に周囲は戸惑い始めるのだった……。

2019年アカデミー賞の短編実写映画賞にノミネートされ、世界各地の映画祭で50以上の賞を受賞した短編映画『Madre』。長編映画となった本作では、短編の“その先”を描き、話題となっています。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ロドリゴ・ソロゴイェン監督

短編が高く評価されたことによってその才能が認められ、“スペインの新鋭”として注目を集めているソロゴイェン監督。短編を長編の冒頭としてそのまま使用し、新たな物語を紡いでみせるという珍しい手法で完成させた本作に込めた思いや現場の様子などについて語っていただきました。

―まずは、息子を失う母親を主人公にした物語を描こうと思ったきっかけを教えてください。

監督 正直言って、自分でもなぜ描きたいと思ったのかはわかりません。ただ、短編の『Madre』がこの映画の出発点であったということだけは、間違いなく言えると思います。この短編というのは、もともとひとつの“試し”のようなつもりで作ったものでした。

その過程で感じていたのは、ここで描いているような母親が子どもを失うという体験が何よりも重い感情であり、非常に大きな“爆発”を生む題材になるであろうということ。特に今回の場合は、生死が不確定な失踪という状況であるため、愛する人を亡くしてしまうというのとはまた違う深い悲しみを生むものだと考えました。

―母と息子という関係性を取り上げたことに関しては、何かご自身の経験が反映されている部分もあるのでしょうか?

監督 おそらく、僕と母の関係も少しは投影されているところがあるかもしれないですね。というのも、僕と母親は20年間2人だけで暮らした経験があり、その間にまったく問題がなかったわけではないですが、ものすごく深い繋がりがありますから。

脚本を書きながら母のことが頭にあったのは間違いないと思います。劇中で母と息子の関係を扱い、タイトルにスペイン語で母という意味を指す単語「Madre」を選んだほどなので。これは映画監督としてこれまでに何度も経験していることなんですが、あとで自分の作品を振り返ったときに新たなことに気づかされるというのは多いものなんですよ。

短編で感じていた“借り”を返すことができた

―では、今回の作品をいま振り返ってみていかがですか?

監督 いまの僕がこの映画を作ったときの自分を完璧に判断できる時期にはまだきていないので、よくわからないですが、あえて少しだけ分析してみると、さっき言ったように僕の母が影響を与えているとは思います。20年後にこの作品を振り返ってみても、きっとそう感じるでしょうね。

映画を作っているときは、「自分はこういうことを言いたいのかな」と思って映画を撮っているんだけれど、数年後に振り返ってみると、「あのとき気づいていなかったけど、実はこういうことを言いたかったんだな」と再認識することはよくあることなんです。

―なるほど。ちなみに、短編を作ったあと、物語に対して“借り”があると考えていたそうですが、長編を作ったことでその借りを返せたと感じていらっしゃいますか?

監督 それは今回の登場人物に対して、何か続きを与えなければならない“義務”があったという意味ですが、間違いなく今回の映画を通じて、その借りは返せたものと感じています。エレナはブラックホールに陥ってしまったような狂気に近い状態にいたので、彼女に提供したいと思ったのは、その続きとひとつのラブストーリー。

最初に描いている感情は、おそらく誰もが考えうる最悪な状態のひとつであるけれど、10年間も絶望にいた彼女を光のほうへ導くようなストーリーと癒しを与えられたのではないかなと個人的には考えています。

みなさんにそれぞれの答えを探してほしい

―観客に委ねるような部分も多く見られましたが、そのような意図に込めた思いを教えてください。

監督 この映画は最初から何もかもが決まっていたわけではなく、オープンな映画にしたいという狙いはありました。とはいえ、それはいつもと同じで、撮影中はひとつの旅をしているようなところがあったので、そのなかでいろいろな発見があれば、それらをどんどん取り入れるようにしています。

ただ、今回のキーポイントは、ミステリーの要素を残すことだったので、観客のみなさんにもさまざまな答えを出してほしいと思いました。とはいえ、観客によってはすべての答えを提示してほしいと感じる人もいるかもしれないし、自らいくつかの答えを出して楽しむ人もいるかもしれないし、なかには答えを一切必要とせずに映画をそのまま味わって感動する人もいるかもしれないですけどね。

―確かに、観客によって受け取り方は大きく異なるほど“余白”があると思いました。

監督 僕としては、この映画という旅を一緒に歩むなかで、必ずしも答えがなければならないとは思っていません。実際、最初に決めていたことだけでなく、現場の流れのなかで生まれた部分もたくさんありましたから。

これからも信憑性のある作品を作っていきたい

―では、作品を作り上げるうえでもっとも苦労したのは、どのあたりでしょうか?

監督 ジャンとエレナの2人の関係性を表している場面がありますが、エモーションの部分が絡んでくるようなシーンは難しかったと言えるかもしれないですね。なぜかというと、ここで彼らがお互いのことをどういうふうに見ているのか、2人の関係は何なのかというのを問いただすところでもあったからです。

彼らの関係性は「相手に喜んでほしい」とか「相手を幸せにしたい」といった感情からできあがっているので、冒頭でまるで死んでいるかのような状態だったエレナが磁石のように引き付ける存在のジャンのおかげで光へと向かう旅に出ることができたのです。と同時に、ジャン自身も自分の旅をしているので、最終的にはお互いに助け合って旅を続けている側面が大きかったように感じています。

技術的な面で大変なところもいくつかありましたが、複雑な撮影を前に僕たちは苦しむよりもひとつの挑戦として楽しみながら挑んでいたので、本当にいい経験になりました。役者たちにも、自由に演じてもらった部分はけっこうあったのではないかなと思っています。

―それでは、監督自身が映画作りにおいて、一貫して大事にしていることがあれば教えてください。 

監督 映画監督をやっていくうえで規範のようなものはあるかもしれないですが、できればそういった決まりにしばられることなく、つねに真っ白な気持ちで新しいプロジェクトに取り掛かりたいと思っています。もちろん難しいこともありますが、そういう気持ちで毎回臨むのが僕のスタイルです。

そして、もうひとつ譲れないものを挙げるとすれば、それは信憑性。あくまでも僕の価値観においてですが、いままで撮った作品は話の内容や登場人物の言動など、大切にしている基準は観客に信じてもらえるかどうかですね。

もちろん、ほかの人が作った非現実的な映画におもしろさを感じることも、興味も深いと思うこともたくさんあります。とはいえ、そういう作品を観ると、自分が撮りたいのは人々に信じてもらえるようなものなんだと改めて感じさせられるので、これからもそういった物語を作っていきたいです。

希望の光を見つける“旅”に出る!

愛を失った悲しみと愛に出会った喜び、そして絶望から再生までの道のりを見事に描いた本作。予測できない展開に引き込まれた先で、観客が思うそれぞれの“答え”を見つけてみては?

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『おもかげ』
10月23日(金)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
配給:ハピネット

©Manolo Pavón