どんな展覧会?

© Gerhard Richter 2022 (07062022)

【女子的アートナビ】vol. 252

『ゲルハルト・リヒター展』では、2022年に90歳を迎えたアーティスト、ゲルハルト・リヒターの初期作から最新のドローイングまでの作品122点を展示。60年にわたる画業のなかで手がけた油彩画や写真、ドローイング、ガラスや鏡などを用いた作品などが一堂に集まっています。

本展の注目ポイントは、作家本人にとって大切な作品が揃っている点です。リヒター自身が手放さず、手元に残してきた本人所蔵の作品と、ゲルハルト・リヒター財団コレクションを中心に、かなり見ごたえある作品が展示されています。

また、会場構成についても作家本人の希望を反映。リヒターにとって大事な作品を、本人の希望するスタイルで展示した、なんとも贅沢な展覧会です。

スゴい経歴

リヒターは、ドイツ東部のドレスデン生まれ。芸術系の大学を出たあと壁画制作などを手がけていましたが、1961年、ベルリンの壁ができる直前に西ドイツへ移住。東独でのキャリアを捨て、デュッセルドルフ芸術アカデミーで再び学びはじめます。

1964年には初個展を開催。さらに、1971年にはデュッセルドルフ芸術アカデミーの教授に就任し、その後はパリやアメリカなどの名だたる美術館で個展を開催していきます。

1997年にはヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞。その後も数々の賞をとり、紹介しきれないほどの実績があります。

スゴい値段

経歴もスゴいですが、作品のお値段も飛びぬけています。

2012年に開かれたオークションでは、存命作家の最高落札額(当時/2132万ポンド=約27億円)を更新。近年でも、さまざまなオークションで30億、40億など高額の落札額が報道され、世界のアート界で常に注目を集めています。

スゴい作品

――経歴も作品価値もスゴいことがわかりました。でも、リヒターの作品は、抽象的な絵もあれば具象的な絵もあって、作品としてどこがスゴいのか、素人にはわかりづらい作家です。東京国立近代美術館・主任研究員の桝田倫広さんは、リヒター作品について次のように説明しています。

桝田さん リヒターはどうスゴいのか、わかりやすく言ってください、という質問を何度かいただきます。いつも、このような問いにどうしようかと困るのです。一言では言い表せない多様な問題を含んでいることこそ、彼の作品の特徴と言えるからです。

――実際、リヒターについての本や論文なども数多くあり、本展の図録にもさまざまな解説が載っています。リヒター作品は、“一言で説明できないほどスゴい”ことがわかります。

必見!“最後の絵画”

では、ここからは作品について見てみます。

リヒター作品には、いくつかジャンルがあります。例えば、「フォト・ペインティング」は、新聞や雑誌に載った写真などを正確にうつしとるように描いたシリーズ。

「グレイ・ペインティング」は、灰色の絵具でキャンバスを塗り込めるシリーズ。このグレイのシリーズからつながってできたのが「アブストラクト・ペインティング」(抽象絵画)シリーズです。

リヒターは、自作の大きなヘラをつかってキャンバス上で絵具を引きずるようにのばしたり削ったりしながら、独自の「アブストラクト・ペインティング」を生み出しました。

この抽象絵画シリーズで、今回もっとも注目されているのが、2017年に制作された作品《アブストラクト・ペインティング》。本記事一枚目の画像です。本作は、作家本人が「これを最後にもう絵画は描かない」と宣言したメモリアル的な作品。ぜひ、じっくりご覧になってみてください。

ガラス作品はどう見る?

――リヒター作品のなかで、「ガラスと鏡」をつかったシリーズがあります。このような作品は、単にガラスを見ればいいのか、ガラスに映っている自分の姿を見るものなのか、ちょっと迷うかもしれません。桝田研究員は、次のように解説しています。

桝田さん リヒター作品の根本的な原理は、「見るとはどういうことか。イメージが表れるとはどういうことか。それらの条件自体を問うもの」と言えます。そのことが端的に表れているのが、ガラスや鏡の作品です。この作品の前に立つと、ガラス越しに壁が見え、自分たちの姿も、ガラスそのものも見えます。ガラスに映し出されたものに何を見いだすかは、私たちが“見る”ということの複雑な営み次第。その営みは、私たちの経験や慣習、何を見たいと欲しているか、によって大きく左右されます。

――ガラス作品の鑑賞方法、かなり奥が深いですね。ぼんやり見ているとただのガラスですが、「何を見たいと欲しているか」と考えると、とたんにハードルが上がります。ぜひ、ガラスや鏡の作品の前で、いろいろ感じてみてください。

アウシュヴィッツの写真をもとに制作…

本展で最大の見どころは、2014年に制作された《ビルケナウ》という4点組の絵画です。

一見すると、シンプルな抽象絵画ですが、この絵の下層にはアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた4枚の残酷な記録写真(死体などが写っています)のイメージが描かれています。しかも、その写真は絵画のすぐ隣に展示されているのです。

鑑賞者は、絵画の下に隠された残酷なイメージを想像しながら、リヒターの作品と向き合うことになります。

この作品の前に立つと、桝田研究員が教えてくれた「見るとはどういうことか。自分は何を見たいと欲しているのか」という問いを突き付けられる気がします。

二度とないかも!

何が描いてあるのかわからない抽象絵画や、ただガラスだけが並んでいるようなリヒターの作品は、ぼんやり見ていると「わからない・つまらない・難しい」と感じてしまうかもしれません。

ただ、リヒター本人も、「優れた絵画は理解できない」と述べているので、理解できなくてもいいようです。「見るとはどういうことか」と思いながら作品と向き合ってみる。それだけで、自分のなかに何かが残るような気がします。

これほど充実したリヒターの大規模展覧会を日本で見られる機会は、もう二度とないかもしれません。かけがえのない鑑賞体験を、ぜひ美術館で味わってみてください。

Information

会期    :〜10月2日(日)※休館日は月曜日(ただし9月19日は開館)、9月20日(火)
会場    :東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開館時間  :10:00-17:00(金曜・土曜は10:00-20:00)*入館は閉館30分前まで
       ※最新情報などの詳細は展覧会特設サイトをご覧ください。

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)