趣味や好きなことに没頭したり、心の奥にある内なる声と向き合ったり。自分のための「ひとりの時間」をしっかりとつくり、楽しむことは、ベターライフを送るために大切なこと。2022年10月20日発売の特集「私だけの、ひとりの時間」から、ひとりだからこそ実現できる自分らしい家と暮らし方を見つけた『小さな生活道具店 ecru』店主の桐野恵美さんの住まいを紹介します。
始末のいい人と、その家。


海に近い町に静かにたたずむ、昭和風情の平屋。

桐野恵美さんが決まった日だけ、自宅の一部で主宰する道具店は、店名のはじまりに「小さな」とつく。ならばその家はスモールハウスだろうと思ってしまうが、実際はそう狭小な印象ではない。それでもその名が合って映るのは、桐野さんの暮らしそのものがとても整然としているからだ。
数年前までそう遠くない場所でふたり暮らし。その後離婚することになって、「この先ひとりで暮らすところ」について考えたとき、今住む神奈川・葉山の、海沿いらしく肩の力の抜けたイメージが浮かんだという。そんななか出合ったのが今の家。懐かしさと親しみを誘う、築50年の平屋だ。
「新しい暮らしを始めたら、自宅を開放して店を開きたいと思っていました。好きなものだけを集め、それをいいとわかってくださる方と共有できるような店を。古い家にこだわって探していたわけではありませんが、そんな店を開くのには向きそうだとひらめいて、引っ越しを決めました」
正面には玄関とは別に、庭に向いて出入りできる窓があり、外向的だ。中央に連続してある二間は壁ではなく、襖と障子で仕切られている。おかげで三方向から光や風が入って巡り、清々しい。
「必要な部屋だけが廊下を中心にまとまり、ひとり淡々と暮らすのに、過不足がありません。視線の届く先に物事が揃っている感じがあり、店を開いて客を迎え入れ、後に閉める、出したらしまう、料理して食べて片づける。風呂、身支度、就寝といった、生活の一連の動作が滑らかに運びます」
家具は少なめで、たいていが両親や祖母が生前使っていたものや譲ってもらった古いものだ。
「思い出のものや壊れても直せばまた使えるものが少しずつ。前の家で使っていて、それで足りるので、買い替えようとは思いつきませんでした。年齢的にも、増やすより手放していくタイミング。いつか私がいなくなったとき、都内に住む妹家族に迷惑をかけずに済むように。日頃から少しのもので小さく暮らすことを心がけているんです」
平日は近くの海岸でSUPやヨガにいそしみ、自身の店以外に近隣で別の仕事も持っている。好きな料理やワインで友人をもてなすこともある。
「この家でやりたいことを順にできているので、自由を感じることも多いです。一方で、ひとりなりの責任についても考えなければなりません。始末のいい人でありたい、そう思うんです」

リビングダイニングとして使う6畳二間と、寝室にしている4.5畳+台所のいわゆる3DKの賃貸物件。家の奥側から中央を通り、正面の庭側まで回り込むように廊下が続く。押し入れや天袋、作り付けのたんすなど収納は十分に。台所から出入りできる場所にある洗濯室は、天井までトタンで覆われているため、天候を気にせず物干しができて便利。庭は車を1台停められる広さが。




photo : Yuka Uesawa illustration : Shinji Abe (karera) text : Koba.A
※『&Premium』No. 108 2022年12月号「ME TIME / 私だけの、ひとりの時間」より
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『小さな生活道具店 ecru』店主 桐野恵美

アメリカの大学でインテリアデザインを学んだ後に帰国。ホテル勤務、家庭人を経て、現在に至る。店は金土日のみ開店。詳しくはインスタグラムで(@ecruhomesupply)。