インターハイ中止の高校生へ、ボクシング世界王者が「オンラインエール授業」

 現役世界王者が「魂」の言葉で高校生にエールを届けた。26日午後4時すぎ。白のTシャツを着た、その男が現れると、画面に並んだ80の瞳の視線がさっと止まった。「皆さん、お元気に過ごしていますか? 今日はざっくばらんに話しましょう。何でも聞いて下さい」と語りかけたのは、ボクシングWBA世界ミドル級王者・村田諒太(帝拳)。この言葉が“夢授業”のチャイムとなった。

 2020年、高校生は大切な夏を失った。新型コロナウイルス感染拡大により、史上初の全国高校総体(インターハイ)が中止。夢舞台にかけ、汗を流してきた部活生は目標が急になくなった。なかには、もう引退する3年生も多くいる。3年に一度ではなく、一生に一度の夏。かけがえのない機会を奪われた彼らに救いの手は伸ばせられないのか。そんな声が渦巻き、社会問題に発展した。

「多くの挫折を経験した自分だからこそ共感できる部分があり、自分の経験を伝えることで少しでもできることがあれば、と」

 村田が賛同し、参加したのが「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する「オンラインエール授業」。インターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうというもの。4月26日の中止決定から、ちょうど1か月で実現した第1回の講師として登場した34歳は、全国40人のボクシング部の主将らに対して、本気で向き合った。

 冒頭で明かしたのは、今なお、こびりつく高校時代の記憶だ。南京都(現京都廣学館)で2年生から2連覇したインターハイ、選抜、国体を合わせて高校5冠を達成。輝かしい実績を残し、高校ボクシング界で知らぬ者はいない存在となった。しかし、村田は言う。「5冠のことをよく言われるけど、僕からすると、悔しいイメージの方が強いんですよ」。いったい、その理由とは――。

「1歳上に粟生隆寛さん(千葉・習志野)という高校記録の6冠を作った選手がいた。僕も同じペースで優勝し、5冠を獲った。あとは最後の国体で6冠の記録を作れるチャンスだったけど、出場権を決める近畿大会で優勝当然のはずが、負けてしまって……」

 都道府県をチームとして争う国体。村田を擁するV候補筆頭だった京都は思わぬ苦戦を強いられ、本戦出場ギリギリの3位を狙ったが、勝てば出場権を得られる大一番で村田が負けた。圧倒的に攻めながら、微妙な判定もあった。しかし、結果は変わらない。「それで、僕は高校6冠ができなかった。だから、高校5冠というと、すごく悔しい思い出になる」と正直な思いをさらけ出した。

 それでも、未来の世界王者は下を向かなかった。「未だに自分で誇りに思っていることがあるんです」と切り出した。「高校6冠という記録は達成できなかったけど、全日本選手権に出て優勝すれば、変則だけど、高校6冠になるじゃないか。目標を違うところに変え、モチベーションを保って挑戦したんです」。結果として、決勝で負けた。しかし、自分にとって胸を張れることがある。

「初めてテレビに出る試合でビビった試合をして、1ラウンドでレフェリーストップ負け。自分に負けたような情けない姿を全国に映してしまったけど、今、思うと国体には出られなかったけど、その先に何かを見たチャレンジ。それは未だにすごく誇りに思っている。あの時、ちゃんと気持ちを切り替えてチャレンジしたことが、今のチャレンジ精神にもつながっていると思っています」

 村田が今回の参加理由に挙げた「多くの挫折を経験した自分だからこそ共感できる部分」は、まさにこの体験だった。起きてしまった過去は変えられない。しかし、自分がどう行動するかで未来は変わる。そのメッセージを届けたくて、画面と向き合った。

 高校生からの質問コーナーになると、無機質なオンライン画面が熱を帯びた。

「僕はこの夏でボクシングが最後だった」という高校生へ、村田がかけた言葉

「村田選手なら私たちの状況でどうしていましたか」「今年は部員勧誘ができない。どう競技の魅力を伝えたらいいですか」などと質問をぶつけていく。「今までどんな練習でそこまで上り詰めたんですか?」という問いに対し、村田は「みんな、世界王者というと魔法のような特別な方法を思い浮かべるけど、そんなことはない」と言い、元世界王者の輪島功一さんの言葉を紹介した。

「『特別なことをするのが難しいのではなく、簡単なことを毎日続けるのが難しい。それをできた人間がチャンピオンになれる』と。本当にそう思う。特別なことではなく、毎日教えられたことをやったり、走ったり。そういうことが積み重なっていくもの」

 特に高校生が頷いたのが、挫折との向き合い方だった。ボクシングを始めた中学時代、あまりの練習の厳しさに2週間で逃げ出したことがあるとエピソードを冒頭で明かしていた村田に対し、一人の男子部員が「村田さんはボクシングから逃げたなどの経験があったと言いましたが、そういう挫折の立ち直り方を知りたい」と投げかけた。すると、世界王者が意外な胸の内を明かした。

「僕も特別でいたかったと思う。僕はボクシングにすがるしかなかったんです、たぶん。それは未だに続いていて、ボクシングを取った自分に若干、自信がないことが正直ある。だから、続けていくにはカッコつけなければ、と。あまりカッコいいモチベーションじゃなく、意外とすがっているところがあるんですよ。でも、それも僕にとっては一つの心構えになっていたのかな。

 現代の子たちは何でも揃っているから、そっちの方に行っちゃう。若いボクサーの子たちを見ていても、ボクシングしかなければもっと頑張るのに、ボクシングで稼ぐよりアルバイトで稼いじゃう。そっちの方がいいからと楽な方に逃げちゃう。僕はこれ以外に成り上がる方法は思いつかなかった、というのが正直なところ。だから、イヤだったけど、ボクシングに戻ってきた」

 世界王者であっても、一人の人間だ。「ボクシングを取った自分に自信がない」――。心のどこかに、弱さだってある。年齢が半分ほどの高校生相手であっても、カッコつけることのない本音。熱い言葉の節々に、高校生もどんどん前のめりになっていく。

 そして、最後に待っていたのが、村田が覚悟していた質問だった。一人の男子部員が手を挙げると、訴えかけた。こんな言葉だった。「僕は高校でボクシングを終わろうと思っています。このインターハイが最後の試合になるので目標にやってきたけど、なくなってしまい、残念です。僕はこれから何を目標にやっていけばいいと思いますか」。苦しい胸の内。村田も一瞬、逡巡した。

「アドバイスは難しいし、(正解は)存在しないが本当のところ」と言った後、「でも……」と続けた。

「僕は思うんだけど、物事って『これが良かった、悪かった』ということは後から判断できるもの。歴史もそう。自分の中にいろんなことがあり、すべてが現在から見た過去(として存在している)。だから、この悔しい思い、やるせない気持ちも、将来に満足する自分がいれば『あんな気持ちがあったから、俺はここまで来られたんだ』と思えるわけです。

 だから『これだ』という答えは言えないけど、将来の自分が何かを掴み取った時に『高3のインターハイに出られなかったけど、あんな悔しい思いをしたから、今の俺がいるんだ』と言えるかどうかは、未来の自分にしかかかっていないと思う。だから、インターハイがなくなったから……という気持ちになるより、未来を創っていくしかないと思うんです」

 ボクシング部のみならず、おそらく今、全国で多くの部活生が抱えているだろう思い。言葉を選びながらも、一人のアスリートとして、34年生きた人生の先輩として、真正面から真剣に、誠実に向き合った。高校生でなくとも、胸を打つものがあった。

村田が敢えて台本を開かず参加した理由、届けたかった「魂」の言葉

 あっという間に過ぎて行った1時間の“夢授業”。最後に、村田は参加した40人にエールを送った。

「僕自身も北京五輪を逃し、やさぐれていた時期がある。でもそんなことがあったから、ロンドン五輪の金メダルもあったと思うし、高校6冠ができなかったから、その後のハングリーさがあったと思うし。結局、一つの出来事は自分自身でいくらでも捉えようはあるということ。俺は運がないから、こんな競技やっていてもしょうがない、人生なんか面白くないと思うのは自分の捉え方。

 物事というのは一つの事実じゃなく、それをどう捉えるかという個人の判断にすべて委ねられている。皆さんには、ぜひこれからもいい判断をしていってもらいたい。自分にとってどう捉えるかが大事になるから。自分の成長になる、いい捉え方をしてこれからも進んで行ってほしい。もし、後楽園あたりで会ったら声をかけてもらえたらいいな。お互い、頑張っていきましょう!」

 締めくくりに、オンライン上で一緒にファイティングポーズを取り、“集合写真”を撮影した村田。画面に並んだ笑顔に、充実したひと時が表れていた。参加者からは「僕も近い目標がなくなったけど、次のステージに切り替えて練習できる」「目標を違うところに置いて、モチベーションを保ちたい」といった感想が上がり、授業の最後に代表して一人の男子部員が感謝を述べた。

「夢の選手である村田選手に自分たちの意見を聞いてもらい、生で答えてくださったのはすごく自分の財産になると思います。インターハイはなくなってしまいましたが、その次の目標をしっかりと定めて、僕も村田選手のような応援される選手になりたい」

 “与える”立場だった村田にとっても“与えられる”ものがあった。授業後に応じた取材で「個人的には、この期間をどう捉えるかを再認識する上でいい機会だったと思ったし、ありがたい機会だった。考えはあっても、アウトプットの機会がない。同じように先が見えない状況で若い子たちと話をしている中で、僕自身が教えられているようだった」と刺激を受けたことを明かした。

 一方で、“声なき声”を想像することも忘れなかった。「学生のリアルな悩みを聞いたけど、こういう場に参加してくれる子たちは何かを得ようというポジティブさがあるので、心配はしていなかった」としながら「その裏で、こういう場に参加せず、今回の出来事をものすごくネガティブに捉えている子の方が実は心配に感じている」と、より多くの高校生が救われることを望んだ。

 参加した40人のみならず、全国生配信されたインターハイ応援サイト「インハイ.tv」でも多くの高校生が視聴した授業。今回、意図をもって行ったことがあるという。真剣勝負の世界に生きる、村田らしい思いだった。

「敢えて台本を開かず、どんな質問が来ているかは見ないで、今、参加してくれている子たちを正面から受け止めた。僕が思うことを魂で話さないと、意味がないと思ったから。だから、自分が彼ら彼女らに伝えたいことを大事にしてやらせてもらいました」

 前を向けば、こんな風に本気でぶつかってくれるアスリートがいる。「やってきたことは無駄じゃない」「この経験を将来良かったと言えるように」というメッセージは、どこかの大人がもう言っていたかもしれない。

 しかし、憧れの人が向き合い、本音をさらけ出して伝えてくれるから、意味がある。そんな機会を提供した「オンラインエール授業」はさらに続いていく。画面上でつながるアスリートと高校生の特別な夏が始まった。

■オンラインエール授業 「インハイ.tv」と全国高体連がインターハイ全30競技の部活生に向けた「明日へのエールプロジェクト」の一環。アスリート、指導者らが高校生の「いまとこれから」をオンラインで話し合う。今後は元バレーボール・大山加奈さん、元サッカー女子日本代表監督・佐々木則夫さん、バドミントン・福島由紀、廣田彩花、ソフトボール・山田恵里、ハンドボール・宮崎大輔、元テニス杉山愛さん、元体操・塚原直也さんらの登場が決まっている。授業は「インハイ.tv」で全国生配信される。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)