連載「秋本真吾の本音note」、今回は「僕が思う理想のコーチ像」

「スプリントコーチ」というジャンルを築き、サッカー日本代表選手、プロ野球選手など多くのトップアスリートに“理論に基づいた確かな走り”を提供する秋本真吾さん。その指導メソッドがスポーツ界で注目を浴びている一方で、最近はフォロワー2万人を数えるツイッターのほか、「note」を使って価値観を発信。「夢は叶いません」「陸上の走り方は怪我をする」「強豪校に行けば強くなれるのか?」など強いメッセージを届けている。

 そんな秋本さんが「THE ANSWER」でメッセージを発信する連載。秋本さんの価値観に迫るインタビューを随時掲載する。今回のテーマは「僕が思う理想のコーチ像」。現役時代は400メートルハードルの選手としてオリンピック強化指定選手にも選出、引退後はさまざまな競技のトップ選手に走りを指導する秋本さんが自身の指導哲学とともに、自身が影響を受けた2人の存在も明かす。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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――最近は私たちのようなネットメディアはもちろん、ツイッター、YouTube、noteなど、広く自由に情報の発信と伝達ができるようになり、それに伴い、スポーツ指導者も指導にまつわる情報、知識を獲得しやすくなりました。そんな中で、秋本さんは良い指導者像をどうイメージされますか。

「僕が目指していて理想のコーチング像にあるのは、選手が失敗した時になぜ失敗したかを考えて一緒に対策を練ってくれる指導者です。僕は単発のトレーニングをメインにしているので、教えたことに対してエラーが出て、選手が指導者に相談したいという時に僕はいなくなっている状態なんです。常に一緒にいるのなら、そういう指導をすると思います。『なんで失敗したと思う?』と投げかけ、理由をすべて書き出します。

 その上で、一個一個をどうすれば改善できるか、心をどう持つかという面と実際にどう行動するかという面で考えてみれば、おのずと答えが見えてくると思います。頭の中だけで考えていたら、答えが出ません。僕は一個一個を自分以外の誰かと書き進めながらやっていく手法はすごく良いと思っています。悩んでいる側はパニックに近い状態なので、冷静に考えられない。その分、冷静に考えてくれるコーチの存在は理想形かなと思っています」

――秋本さん自身は指導者人生に影響を与えた指導者はいるのでしょうか。

「大学を卒業してからは固定のコーチをつけなかったので、ワンポイントアドバイスをもらう方は何人かいました。その一人が為末大さんです。為末さんは、起きたことに何がダメだったかの考えに長けている人。僕は大学時代、毎日がむしゃらに練習して、結果が出てきたタイプ。自分の走り方の分析をほぼしてきませんでした。もちろん、自分のレース映像は見ていました、ただなんとなくぼんやり見ていた感じでした。為末さんと出会って、『勝つ人はこんなに考えているのか』と思わされました。メニューの一つ一つの構成、組み立て、レースパターンもそう、すべてを学ばせてもらいました。これが考えるということか、と。

 一度、言われたことがあるんです。25歳を過ぎた頃、『秋本、ここからは頭の勝負だぞ』と。『どれだけ頑張るかだけじゃなく、どう頑張るかも大事にした方がいい。どれだけ頭を使えるかだぞ』と言われました。当時は自分の能力が追い付いていなくて『あ、はい』くらいしか言えなかったけど、今はその意味がすごく分かります。逆に、29歳の頃に出会った武井壮さんはパッションだったり、力を持っている言葉だったり、想い、心の部分のコントロールをすごく学びました。為末さんには技術、武井さんには精神。そこはめちゃくちゃ学ばせてもらい、本当にプラスになりました」

――武井壮さんの「陸上人」としての凄さはどこにあると感じますか?

「武井さんの話を聞いていると、僕は固定された考え方に一つ一つ、とらわれすぎていたと感じました。『ああ、こういう考え方あるんだ』ということの連続です。ちょっとでも、こういう考えで生きられていたら変わっていたかもと思うくらい、武井さんは凄かったです。例えば、『体を自由自在に使えるようになることが競技力を高めるポイントだ』とよく言っていましたね。

 僕が見たのはコップを手に取るとしたら毎回、使う指を変えていること。その距離感とかバランスとか、常にどういう状態で体が使われているか意識し、日常をトレーニング化している。これは発想の問題じゃないですか。それで365日考えて何年何十年と蓄積されたら、それは強いです。そういう点で武井さんには物事の考え方、常識にとらわれない価値観は学びになりました」

秋本さんはJ1浦和の宇賀神友弥(手前)の指導も手掛ける【写真:@moto_graphys】

青学大・原監督の“見える化”に学ぶべきこと

――指導者で多いのは部活・クラブの層です。そのカテゴリーでは成績で目に見えた結果を残せる人、天才といわれる逸材を育てた人にインパクトが生まれがちですが、逆に競技力の低い子たちを引き上げて組織のアベレージを上げる人、あるいは能力や成績より競技そのものの楽しさを上手に教えてあげられる人、いろんなタイプがいます。もちろん、優劣があるわけではありませんが、秋本さんはどんな指導者がこれから増えてほしいですか?

「答える前に興味深かったのは、アベレージを上げる指導者の例です。青学大陸上部の原晋監督は“見える化”を徹底していると青学大OBの方から聞きました。『箱根駅伝に出るために』という目標があり、そのために夏合宿のメンバーに入ることが条件。過去のデータを数値化し、夏合宿に入ったら確か80数%が箱根を走ることができ、逆に入らずに走ったメンバーが少ないことを明示する。その夏合宿に入るためには、夏合宿までの大会に1万メートル〇分〇秒で走らないといけないと設定し、今度はその○分○秒を切るにはどんな練習する必要があるか……と、箱根駅伝を走るまでの道のりを“見える化”しています。

 ここからはプロスポーツの話になりますが、見ていると2軍だったり、練習試合だったり、置かれた環境で結果を残しているのに起用されない選手の例を見かけます。監督の『まだ若い選手の方がいいな』『ここで使うのは賭けだな』などの理由かもしれませんが、それは監督の『勘』に寄りすぎてしまっているのではないかなと。それでも、チームの結果が出れば指導者は評価されますが、個人は死んでしまいます。それって、僕は違うんじゃないかと思います。○○の成績を出せば、1軍に上げる、レギュラーにするという目標を“見える化”しているコーチほど、アベレージの強化が上手い気がします。

 もちろん、試合に出ている個々の能力が高ければ、勝つことができますし、個々の能力を伸ばす練習もされていると思います。ただ、チームスポーツの組織には不公平感が出ないことも大切だと思っています。『どう考えても、俺の方が上手いのにレギュラーになれないって。なんで?』と選手が思ってしまう選手がいたとします。監督からすれば、素行が悪いとか、大事なところで裏切るかもしれないとか、理由があるのかもしれませんが、そう思うのであれば、選手に伝えて理解をさせるべきです。単純な好き嫌いで起用していると選手に思われる不公平さを減らすことは大切だと思います。

 それで、僕自身はどんな指導者が増えてほしいかの答えに戻ります。僕は『俺がなんとかするんだ』という責任感を持ちながらも、いかに自分じゃできない領域を他人に任せられるかも重要だと思います。もし、僕が強豪陸上部の監督になったら、スペシャリストをかき集めます。ウエイト、中長距離、跳躍、投擲など、分からない領域はすべて任せ、自分の領域は領域でとやる。全部を自分でやろうとするのは不可能なので。できないことはできない、できる人に任せたら当事者も幸せなはずです。そういう風に指導領域を分担する感覚になれば、スポーツ界も変わる気がします」

秋本さん(中央)は「指導者の成長に終わりはない」と話す【写真:@moto_graphys】

「指導者の成長に終わりはない、そう思って毎日指導しています」

――冒頭で話した通り、最近は容易に情報を得られるようになり、指導者も常に学ばないといけない、知識をアップデートしないといけないという風潮も強まっています。一方で情報過多になり、例えば、教員試験に受かって初めて部活を指導したり、あるいはプレー歴のない競技を指導したりすることもあり、最初の一歩を踏み出すべきかは難しい側面とあると思います。秋本さんはこのあたりをどうお考えですか?

「難しい問題ですね。僕の経験でお話をすると、指導機会のあった野球・サッカー・ラグビー・バスケはほぼ素人でした。どう学習したかというと、そのスポーツを見ることから入ります。片っ端から見て、片っ端からやって、片っ端から知る。『見る、やる、知る』という3つの柱を大事にしています。『知る』は最新の論文、データを見ながら、今どうなっているかを確認しました。でも、スポーツ界では実績のある選手がそのまま指導者になり、この『知る』の部分が欠けやすいように思います。自分で結果を出してきた選手がもう一度、自分がやってきた競技を勉強するということ。

 僕が現役時代に専門としていた400メートルハードルで僕より遥かに速い選手のコーチングをするとなったら、もう一度、その選手を知ろうとしたり、最先端の400メートルハードルのトレンドが何かを学んだりします。過去に築いてきた栄光、自分のやってきた感覚に頼ると、引き出しがそれしかなくなってしまうので。いかに学ぼう、知ろう、向上しようという感覚を持てるかにかかっています。面倒くさいという人に勉強しろといっても聞く耳を持たないし、逆効果かもしれませんが、自分に足りないもの何かという点を内省できることは指導者にとってすごく大切な資質だと思います」

――秋本さん自身はスプリントコーチがキャリアを積み、子供からトップアスリートを指導しながら、独自の立ち位置を築きつつあります。それでも、今後にまだ成長する余地があるとするなら、指導者としてどこを伸ばしたいと考えていますか?

「僕がそのスタイルを選んでいるのですが、僕の課題は指導の数を増やすことです。僕は同じ選手をずっと見る環境ではなく、子供からトップアスリートまで、いろんなサンプルを見て、速く走るとは何かを知るという経験を重ねています。でも、一人の選手をさらに速くさせるという経験はありません。ということは、一期一会でフォームをカスタマイズして、その人を速くすることはできるけど、関わった選手を1年かけて何秒短縮させるとか、どれくらい盗塁数上げるとか、そういう引き出しはないということです。ゆくゆくはそういうことをやっていかないといけないと強く感じています。

 あとは、自分自身、指導スキルはまだまだだと思っています。数年前にAという選手を見ていたら、こういうトレーニングメニューを出すけど、今だったらかなり変わっています。変わっているということがすべて成長かというと、違う可能性もあります。数年前のアプローチの方が実は良かった可能性もあります。なので、起きている症状に適切な薬を出して、服用の仕方まできめ細かく出していける感度感覚を高めないといけません。そのためには走りももっともっと見たり勉強したりして成長しないといけない。終わりはないです、正直、言って。毎日、そう思って指導しています」

■秋本真吾 / プロスプリントコーチ

 1982年生まれ、福島県大熊町出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルを専門とし、五輪強化指定選手に選出。当時の200メートルハードルアジア最高記録を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人の子どもたちを指導。また、延べ500人以上のトップアスリート、チームも指導し、これまでに指導した選手に内川聖一(東京ヤクルトスワローズ)、荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和レッドダイヤモンズ)、神野大地(プロ陸上選手)ら。チームではオリックスバファローズ、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。昨年4月からオンラインサロン「CHEETAH(チーター)」を開始し、自身のコーチング理論やトレーニング内容を発信。多くの現役選手、指導者らが参加している。新著「子どもの足がギュンッと速くなる キッズラントレ」(KADOKAWA)を今月26日に出版。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)