発足から日の浅い横浜GRITSでプレー、苦しみながらも得た経験とは

 アイスホッケー日本代表FW平野裕志朗(26歳)が、再び北米に旅立つ。アジアリーグがコロナ禍において日本国内5チーム参加で行っているジャパンカップの2021-22シーズンが9月に開幕し、19年に発足した新興勢力で2季目の挑戦を迎えている横浜GRITSは、18、19日のホーム開幕ゲームで東北フリーブレイズに1-3、3-10と連敗を喫した。主力FWとしてチームのけん引役を担ってきた平野は、この試合を最後に、ECHL(北米3部相当)所属のシンシナティ・サイクロンズに戻る。試合後は「NHL(世界最高峰と呼ばれる北米プロリーグ)という道に対して、チャンスがあるところに身を置かせてもらっている。もちろん諦めないし、必ず行くと自分に言い聞かせている」と海外挑戦への意気込みを語った。

 平野は、北海道苫小牧市出身。白樺学園高校を卒業後、日本のチームに所属しながら海外挑戦を繰り返してきた。185センチ、98キロの恵まれた体躯を誇る、パワーとシュートが持ち味のFWだ。15年以降は、日本代表として世界選手権などで活躍。2018-19年から北米3部相当のECHLに本格挑戦。同シーズン終盤には、2部相当のAHLでデビューを果たした。20年3月にコロナ禍でシーズンが打ち切られ、横浜GRITSに期限付きで移籍したが、サイクロンズがコロナ禍を理由にリーグ不参加。国内でプレーを続けてきた。

 想定よりも長くなった日本でのプレーでは、苦しみながらも新たな経験を得た。チームは発足したばかりで苦戦続き。1年目の昨季は、未勝利に終わった。2年目の今季も0勝4敗。自身の最終戦も3-10と敗れて、平野は「(海外に)行く前にみんなで1勝して行きたい気持ちは強かった」と悔しさをにじませた。

 横浜GRITSは、発足から日が浅く、若手も多く、まだ経験不足。その上、実業団スタイルが主流の日本において、選手が個別に仕事を持って競技と両立するデュアルキャリアのスタイルを採用しており、短期間での強化は難しい状況にある。期限付き加入だった平野は、完全なプロ契約。「自分はホッケーだけなので、言うのは心苦しかった」と環境の違いを理解しながらも、実績に勝る相手に気後れせずに挑む姿勢をチームに伝えてきた。

GK以外のスケーターとしては日本人初となるNHLに挑む【写真:平野貴也】

夢はGK以外では日本人初のNHL挑戦「朗報を届けられる選手に」

 その中で、自身は2つの収穫を得た。1つは、競技を楽しむという初心への回帰だ。「みんな、仕事で疲れていても、ホッケーになれば楽しんでいる。スクール活動で子どもと接するときも似たものを感じた。みんなが、がむしゃらに競技に打ち込んでいる姿を見れたのは、一番影響を受けた部分」と振り返った。

 もう1つは、得意とするウイングのプレーだけでなく、幅広くチームに貢献した経験だ。センターで相手を引き付けて味方を使うプレーや、パックを敵陣の深い位置に運んで相手にプレッシャーをかける守備を多くこなした。「今までとは求められるプレースタイルが極端に違う中で、対応できる力が身についた」と異なるスタイルへの適応力に改善の手ごたえを得た。

 もちろん、それらの経験が生きていると証明するのは、氷の上になる。横浜GRITSの浅沼芳征監督は「彼に教わったマインド、ホッケーをチームは継承しないといけないし、彼も日本のホッケー界を背負って頑張ってほしい」と感謝を示しつつ、エールを送った。

 夢は、GK福藤豊以来2人目、GK以外のスケーターとしては日本人初となるNHL挑戦。ECHLからAHL、さらに上を目指す。平野は「皆さんに米国での試合を見てもらうのは難しいので、結果として、数字を残したい。何か一つでも大きなニュースがSNSに上がれば見てもらえる。朗報を届けられる選手になりたい」と意気込んだ。26歳と充実した時期にコロナ禍で1シーズンを国内でプレーすることは本意ではなかったはずだが、一時帰国による横浜GRITSでの経験をプラスに変えられるか。北米での挑戦が再開する。(平野 貴也 / Takaya Hirano)