池井佑丞さんインタビュー後編、内科医から産業医に転身した理由とは

 格闘技イベント「R.I.S.E.(現在はRISE)」などで活躍し、現在は医師、経営者としても活動する池井佑丞さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じた。医大生時代に格闘家としてプロデビューしながら、医師免許を取得。“闘うドクター”として注目された。現在は産業医として人々の健康に向き合いながら、経営者、選手のトレーナーとしても活動中。40歳の異色の道のりと現在のビジョンを前後編でお届けする。後編は産業医への転身に込めた思いと、今後のビジョンについて。(聞き手=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

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――内科医を経て、現在は産業医として活動されています。お仕事について教えてください。

「2015年から日立グループ企業の産業医をしていて、今は統括産業医を務めています。普段は東京の本社で、全国300支社・営業所の管理を遠隔で行っています。産業医業務は多岐に渡り、また細かい確認が多く専門性の高い領域なので、経験の浅い先生では全てをこなすことはなかなか難しいです。なので、それらの業務のノウハウを仕組化すればいろんな企業様の健康管理ができるのではないかということで、株式会社リバランスを起業して様々なサービスを提供しています」

――産業医は、企業などで労働者の健康管理を行うことが役目ですよね。

「産業医になるには医師であることが要件の1つで、健康診断、面接指導などの健康管理を行います。法律上、企業に選任された産業医がやらなければならないと決まっている範囲と、努力目標の範囲の仕事がありますが、振り幅が大きく、ほとんどの産業医は法律の最低限の業務をやるだけで終わってしまっていることが多いのが現状です。

 企業も法律で決まっているから仕方なく雇っているケースが多いですが、産業医にできることって本当は結構たくさんあるんです。けれど現場で『ここが全然できてないのだな』と実感し、解消に向けて動くには産業医自身の経験も必要ですし、産業医業務をするための時間も必要。そうするとコストが高くなってしまうというジレンマも抱えています。そこを最適化するために、DXで効率化して、やるべきことをやっていくことが必要だと考えました。」

――法律上、一定の労働者がいる事業者は産業医を選任しないといけないという決まりがあるのですよね。

「そのほかにも月1回の職場巡視とか、業務内容もこんなことをしなければならないとかいろいろあります。でも実際は『ここやらないと意味がないよね』という部分はやれていないところが多く、補いたくて自社でサービスを作りました。これまでは私自身もアナログでゴリゴリやっていたのですが、なかなか大変な業務。自分の業務を効率化したいと思ったのもきっかけでした」

元々は内科医だったが、産業医に転身。アスリートのセカンドキャリアも支援する

産業医は「病院にいた時には治せなかった方を治せる」

――努力目標でできていないことが多いと感じる部分はどのあたりですか?

「健康診断を100%受けさせることは法律上で絶対と決まっていますが、受けた人の2次検査、事後フォローができていないケースが多いです。健康診断上は悪いことが分かっていたのに、そこに誰も触れず、その人が仕事中に倒れたら、それは会社の責任になります。全然リスクヘッジできていないし、従業員の健康を守ることができていないということ。

 僕たちの場合は健康診断の結果を再度チェックして、個別に『あなたは1か月以内にこういう治療をして、これくらいの数字にしないと働き方を制限しなきゃいけなくなる。夜勤、残業もさせられないよ』と一人一人フォローしていく。例えば2000人いる会社の場合、結果を全てチェックして、働き方の状況や体調を確認し、フォローの方針を決めて、本人や職場に伝えて1か月追いかけて……とずっとやっていくのですが、2000人管理しているとぐちゃぐちゃになってしまう。そこをシステム化することで、漏れが無くなりますし、無駄な作業もなくなります」

――産業医として働く一方、トレーナーも務められていますね。

「産業医は医療と健康の間くらいに立っている存在です。僕は病気を治すことより『病気にさせない医療』をやりたいという思いがあり、それには健康づくりが必須。トレーナーとしてそこを提供していきたいという思いがありました。身体づくりと言えばアスリートが一番。アスリートのセカンドキャリアとしてトレーナー業を推進していて、うまく組み合わせながら、医療でもヘルスケアでも健康を提供するということを目指しています」

――元々は内科医として勤務されていましたが、産業医・トレーナーになりたいと思ったきっかけはありますか。

「病院で働いていると、手遅れの状態で来る方はたくさんいます。今ちゃんとやっておけば、と思っていた人が来なくなるケースもどうしてもあります。病院で、受け身で待っておくだけでは治せない方々がいる。でも産業医は特殊で、従業員の健康の半分は会社のものという考え方なので、健康管理や治療に関してある程度介入できるんです。『放っておくといつか倒れちゃうから、会社にとって被害が出る』ということです。

 僕たちが積極的に治療を促せるので、病院にいた時には治せなかった方を治せるなというのが産業医だと思っています。ただ(相手は)病院に行く手前の方なので、お薬は必要ないケースなんかも出てきます。そういった場合には、生活習慣病なら運動や食事、睡眠にリスクがあるならその改善と、ヘルスケアで補える部分がたくさんある。そこに一番近いのがトレーナーだと思っています。だから私自身もトレーナーをやっていますし、アスリートのトレーナー達ともネットワークを作って、新しい仕掛けを作っているところです」

――アスリートのセカンドキャリアについてもサポートする活動をされています。池井さんが試合に出ていた当時は、選手たちのセカンドキャリアについてどう感じられていましたか。

「やってきた活動をスムーズにセカンドキャリアに繋げられていた人は少なかったですし、チャンピオンになってもバイトをしていて、というのが現実でした。今でも大きくは変わっていないと思います。

 ただ、僕たちから見ていてもアスリートはいろいろな面で素晴らしいと感じる部分がある。例えば1つのことに向かってストイックに頑張る姿勢はすごいですし、体や健康への知見も優れているので、ちゃんと活かせる場所、活かしてくれる人がいれば、やってきたことがそのままセカンドキャリアにプラスになる。

 生き直すというより、やってきたことを活かして生きていくということができるんじゃないかと思っているので、横で見て来た立場としてはサポートしていきたいという思いがあります。あとはやっぱり当時と違うのは、個人がSNSなどで発信できる時代。どれだけ自分の価値を発信できるかを求めてやっていけば、個人でも今までより色んな可能性を持って生きていけるので、そういう部分でも頑張ってほしいです」

株式会社リバランスの代表を務める池井さん。「頑張っている人が報われる社会を作りたい」という思いがある

目指したい「頑張っている人が報われる社会」

――具体的にはどんなサポートをされていますか。

「弊社で仕事をしてもらうケースももちろんあります。トレーナーとして、弊社で見ている企業に指導に行ってもらったり、パーソナルトレーナーとしてお客さんを見てもらったり。直接的ではないけれど、僕らの影響で自分でも起業して、事業をうまくしている後輩もいます。

 元々、個人としては頑張っている人が報われる社会を作りたいという思いがありました。医療の側面から頑張りすぎて倒れちゃうような人を救うこともできるし、アスリートを横で見ていて『この頑張りが報われるようになればいいのにな』と感じていたので、セカンドキャリアをサポートしたいという思いはもともとありました。それら全てを兼ねるのであればどういうやり方が良いかなと考えたところ、トレーニング事業に行きつきました」

――池井さんが今後目指したい目標、ビジョンを教えてください。

「高齢化社会、コロナという事情もあり、健康であるということに価値がある時代が来ると思っています。例えば同じ65歳の人を雇用する場合、健康が証明されている人と、健康診断でボロボロの人であれば、絶対前者の方を雇いたいと思いますし、そういう社会なら健康であろうとしてくれる人も増えると思う。その時に私たちが個人や企業にとって健康管理を提供できるようでありたいと思っています。

 個人としては、あまり目標などはなく、今の生き方を続けていければと思っています。その先にやることは変わるかもしれないけれど、やりたいこととやるべきことだけをやるというのがモットーで、自分の基準にある」

――現役引退はまだ。今後、試合で池井さんの姿を見られることを期待しています。

「オファーいただくケースも未だにあるんですが、ずっとそう言いながら出られていない(笑)。そろそろもう一度出たいなと思っています」

■池井佑丞(いけい・ゆうすけ)

1980年12月31日生まれ、宮崎県出身。家業が病院ということもあり医師に憧れを抱くも、鹿児島・志學館高卒業時には偏差値が40しかなかった。1年間の浪人の末に杏林大医学部に進学。2年時に格闘技に出会い、06年プロデビュー。07年の「R.I.S.E.」 DEAD OR ALIVE TOURNAMENTで準優勝。同年の医師国家試験に合格したこともあり“闘うドクター”として注目された。戦績は12戦7勝(5KO)5敗。選手でありながらも内科医として勤めていたが、15年から産業医に。現在は日立グループ企業の統括産業医を務めながら、起業した株式会社リバランス代表として様々なサービスを提供。トレーナー、セカンドキャリアサポートなど事業を手広く手掛けている。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)