一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第23回は卓球・水谷隼

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第23回は、卓球・水谷隼(木下マイスター東京)が登場する。9月のTリーグ開幕戦(東京・大田区総合体育館)で見せた些細な気遣いには、次世代を想う姿勢を感じさせた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 主役は自分ではない。そんな水谷の気遣いが見て取れた。9月9日の開幕戦。木下マイスター東京は、大島祐哉が2勝の活躍で白星発進を決めた。試合後、チーム全員で記念撮影。先輩の横に回って一番端に立とうとした大島を、出場のなかった水谷が“いやいや”と遮った。ヒーローを中央に寄せ、引き立て役に回っていた。

 東京五輪での引退を表明していた32歳。数年前から抱えていた目の不調により、代表活動など第一線を退く意向だったが、チームと契約してTリーグに選手登録した。限定的な出場が見込まれていた中、この日はベンチに入っただけ。それでも、監督不在で開幕を迎えたチームを最前列から鼓舞した。

 敵も味方も知り尽くす。タイムごとに積極的に助言を送り、時折笑顔を見せながら身振り手振りで指示を出した。「1球たりとも同じ球を繰り返さないように」。世界と戦った現役No.1の経験値から生まれる、的確かつ絶妙なタイミングの声かけ。大島が「自分が考えないようなアドバイスもくれる」と言えば、全日本王者の及川瑞基も「レジェンドがベンチにいるのが心強い」と感謝。背中には安心感があった。

 水谷の些細な行動にも、次世代への想いが垣間見えた。試合前の練習中、場内DJが最前列の少年ファンにインタビューした時だ。「水谷選手を見に来た」という小学2年のその子に歩み寄り、ニコっと微笑みながらポケットから出したボールをプレゼント。一生の思い出になっただろう。DJが「初めてTリーグを見に来た人は?」と問いかけると、889人の観衆のうち半分ほどが挙手。卓球ノートだろうか、試合中にメモを取る子どもたちの姿もあった。

写真撮影で一番端に立とうとした大島(左)を“いやいや”と遮った水谷、引き立て役に回った【写真:荒川祐史】

未来の主役に期待する水谷の言葉「卓球界はこの先も明るい」

 東京五輪で活躍した選手たちの影響は大きい。水谷は伊藤美誠(スターツ)との混合ダブルスで日本卓球界初の金メダリストに。男子団体でも銅メダル獲得に大きく貢献した。Tリーグ開幕戦の選手紹介では「ゴールドメダリスト」とアナウンスされて入場。どの選手よりも大きな拍手が鳴るのも無理はない。五輪後はテレビ出演に引っ張りだこ。卓球界が注目を浴びるよう奔走してきた。

 東京五輪中の会見では、これから主役を担う選手たちに期待を膨らませていた。

「中国選手を倒すのはとてつもなく苦しくて、改めて大きな壁だと認識した。ただ、五輪の決勝で破ったのも事実。これからの若手は中国選手を倒せるんじゃないかという期待も持っています。

 自分としては、目が完治するなら40歳、50歳になっても卓球を続けたいという気持ちは凄く強い。ただ、今回の東京五輪で張本(智和)のプレーを見て、頼れる後輩がいることは凄く嬉しいですし、卓球界の男子はこの先も明るいんじゃないかなと思っています。現状は治療法もない。悔しいですけど、自分の冒険はここまでかなと思います」

 日本のレベルを引き上げたことは誰もが認めている。女子人気の裏で日の目を見なかった時代も戦い続けた。そんな先駆者が主役を降りた。10月末、故郷・静岡の試合で一区切り。「現役選手」として最後の姿を見せた。未来ある多くの選手には、託された意志を大切にし、新たな冒険を歩んでほしい。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)