「THE ANSWER the Best Stories of 2021」、短距離の手の形に関する疑問

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は「走る時の手は『グー』と『パー』どっちが速いのか」。小さい頃の50メートル走や運動会で誰もが一度くらいは考えたことがあるだろう素朴な疑問。しかし、東京五輪のトップスプリンターの手を見てみると、グーだったり、パーだったりする。いったい、どちらが正解なのか。

 陸上スプリント指導のプロ集団「0.01 SPRINT PROJECT」を主宰するアテネ五輪1600メートルリレー4位の伊藤友広氏と元400メートル障害選手でスプリントコーチの秋本真吾氏。全国でかけっこ教室を行い、同じような質問を多く受けるという2人に見解を語ってもらった。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 走る時の手は「グー」と「パー」どっちが速いのか。現役時代はともにグーだったという伊藤氏と秋本氏。果たして、その正解はあるのか。

「実は、子供のかけっこ教室でもすごくよく聞かれる質問です。逆に、こちらから『グーが良い人? パーが良い人?』と聞くと、いつも半々くらいになります。ただ、正解はというと『どっちでもいい』です。いろんな人の走り見てごらん、グーの人もパーの人もいろいろいる、手のひらをこうしなければいけないということはないから、という伝え方をしています」(秋本)

 たしかに、100メートル世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)はグー、日本の桐生祥秀はパーと分かれる。1日に行われた東京五輪の男子100メートル準決勝を走った23人を見てみても、10人がグー、12人がパーだった(ロアン・ブラウニングは左手がパー、右手がグー)。パーがやや優勢なものの、差にはっきりとした有意性はみられない。ちなみに、決勝で9秒80の欧州新記録で金メダルを獲得したラモントマルチェル・ジェイコブズ(イタリア)はグーだった。

 では、なぜ「どっちでもいい」のか。

「腕振りは走りに勢いを加える上で重要な役割を果たしますが、手元の形がそれに大きく影響を与えることはありません。大切なことは脚で地面に力を加えるタイミングと腕を振り込んで勢いを与えるタイミングが合っているか、つまり下半身だけでなく上半身が連動し、全身を上手く使えた走りになっているかです。これが前提にある上で個人的に走りやすい方を採用すれば良いということです」(伊藤)

 走りの形を整える方が、手の形よりもっと重要。それが陸上界の常識だ。

トップスプリンターも「手」に試行錯誤、過去には手袋をつけて走る選手も

 しかし、秋本氏は現役時代、自分なりに試行錯誤したという。

「僕はいろいろ試しました。普通のグーにしたり、親指を握るようなグーにしたり。結論は手のひらを変えて動きが良くなったのか、他の部分を意識して、手のひらの形に加えてその変化が良かったのか分かりませんでした。実際に手の形をカスタマイズすることで速度に直結するという論文、データも出ていません。だから、子供たちには『それよりも、かかとから接地しているから直そうか』という話を優先してます。

 カタールには手袋をつけて走る選手がいました。手袋をしていると、手のひらを握りたくなる感じがするのは分かります。僕も冬場に着る指抜きのウェア(袖から指部分のみを出すウェア)にすると、良い感じに手を握ることができる。適度な重さがかかることで感覚的に良くことがあります。例えば、僕は何も持っていないより、リレーでバトンを持っている方が走りやすかったタイプ。そういうことはあります」(秋本)

 ただ、他競技の選手の走りを修正する場合に生きることがある。

「陸上のトップ層でグーかパーを矯正されることは基本的にありません。でも、サッカーは事例があり、僕が見ている宇賀神友弥さん(浦和レッズ)はグーで肩に力が入りすぎていました。腕のどこでも力を入れようとすると、肩に連動してしまう。なので『パーにしてみたらどうですか? うまくリラックスできると思いますよ』と伝えたら肩の力が抜け、綺麗に走れました。野球やサッカーでは、効果が考えられます。

 ただし、子供に指導する際の『リラックス』は注意が必要です。子供に伝えてしまうと、力を抜きすぎてしまう子がいる。正しく力を入れることができず、ふにゃふにゃした走りになってしまい、逆に遅くなってしまう。なので『リラックス』『力を抜いて』という言葉は使いすぎないということは気をつけています。もし、小学校の先生や保護者の方で子供にアドバイスする時があれば、意識してほしいポイントです」(秋本)

 走りには「手」よりも大切なことがある。「グー」か「パー」かにこだわらない方が「チョキ(=Vサイン)」への近道になる。

■伊藤友広 / Tomohiro Itoh

 1982年生まれ、秋田県出身。国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネ五輪では1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。

■秋本真吾 / Shingo Akimoto

 1982年生まれ、福島県出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルで五輪強化指定選手に選出。200メートルハードルアジア最高記録(当時)を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人を指導。また、延べ500人以上のトップアスリートも指導し、これまでに内川聖一(ヤクルト)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和)、神野大地(プロ陸上選手)、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)